すき


上半身を起き上がらせると窓の方へ目を向けた。
辺りはしんとして暗い。時計の文字盤を見ないでも夜中であることが分かった。夕食を取って
すぐに部屋に戻ってきてから、うつらうつらしてしまったらしかった。
少し身をずらしてもっとよく外がよく見える場所へと体を伸ばす。
だが、星は見えなかった。
得も云えぬ焦燥感が渦巻いて、思わずぎゅっと拳を胸に押し当てると隣でのそりと何かが動く
気配があって、直後に。

「うわあぁぁぁっ!」

「それ」は耳を劈く悲鳴と共に起き上がったかと思うと、ぜいぜいと苦しそうに咳き込んだ。

「あああっ!わあああっ!」

虚ろな目のまま、伸ばした両の手がむなしく空を切る。
その様はまるで届かない何かに必死に追いつこうとしているように見えて、余りに痛々しくて。

「あ・・・ああ・・・」

僕は無言で。
慌てて彼の側へ戻り、その身体を抱き締める。
背中にびったりと張り付いたTシャツ、瞳孔の開ききった目。何かにうなされていたのだろう。
荒い呼吸を繰り返す胸が先ほどから激しく揺れている。


「ああああ・・・」

夢と現実がごっちゃになってしまっているのか未だに定まらない視線。
ただ、ただ滅茶苦茶に振り回される手をやっとのことで拘束して、自分の背中に回すと漸く彼
の身体からふうっと力が抜けた。

「あ・・・」

現実に引き戻されたのだ。
その証拠に、目が合うなりばつが悪そうに下を向く。
汗でべたべたになった彼の額に張り付いた髪の毛をゆっくりと払ってあげると、恥ずかしそう
に身を捩らせた。

「悪い・・・『夢』・・・でも?」

おおよその見当は付いていたけれど、敢えて僕は彼に聞いた。

「夢・・・か・・・そうだな・・・そうかもしれない。とても、悪い『夢』だ」

眉間に皺を寄せて彼は答えた。

「差し支えなければ・・・聞いてもいいですか?その・・・内容、とか」
「・・・・・・」
「無理にとは言いませんが」
「・・・そ・・・」
「そ?」
「そう・・・だい、の、」

もごもごと彼は言った。ぎこちなく動かされた唇は、その名を呼ぶのをためらっているようだっ
た。

「そうですか」

僕はそれだけ言った。
今の自分に彼の頭からその存在を消せるほどの影響力があるとは、到底思えなかった。
だが、彼には大事な使命がある。
いつかは自分を捨て、郷を捨ててでも果たさねばならない使命が。
遅かれ早かれその日はやってくるのだ。
気持ちは分かる。だが、前を向かせなくてはならない。そうでなければ彼はいつまでたっても
このままだ。

だったら。

「でも・・・もういません」

びく、と彼の肩が震え、その表情は泣きそうなものに変わった。

泣かせたくない。
涙なんて流させたくないのだ、本当は。

だけど僕の口はまるで身体から切り離されたように勝手に動きつづける。

「もう、いないんです」

しゃくりあげる身体を抱き締める以外、自分に何が出来ようか。
今言った言葉は傷口に塩を塗りこんでいるのと全く同じことだ。

「僕では、駄目ですか」

我ながら卑怯だと思った。
僕は彼のこのぽっかりと空いた隙に付け入ろうとしている。これを千載一遇のチャンスだと思
っている。
彼が今この場にいてこれを聞いたら、一体どんな顔をするだろう。
怒るだろうか。ずるいじゃないか、と詰るだろうか。

否。
そんな了見の狭い人でないことは分かりすぎるほど分かっている。かつて憧れて止まなかっ
った彼には、誰にも秘密で恋慕の情を抱いていた位なのだから。
尤も、不確かなそれが育つ前に既にその対象は変わってしまっていたけれども。

「僕はここに居ますよ。君さえ望んでくれるなら何処にも行かないし、ずっと側にいると誓いま
す」
「ずっと・・・側・・・に、」
「ええ」

いつの間にか、耳元に囁く自分の声が酷く掠れている事に気がついた。
黙り込んでいた彼がゆっくりと顔を上げる。僕は待った。次に放たれる言葉を。
祈るような気持ちで。

「側に・・・いて」
「はい」


今は「たまたま側にあった寄りかかれる存在」であってもいい。
それでも彼をほんの少しでも癒すことができるのであれば。

「側にいます」


何やら明るくなったなと思ったら一面覆っていたらしい雲が晴れたらしく、月が出ていた。

「月・・・」

小声で呟いた彼に視線を落とす。
薄明かりに照らされた横顔は今まで見たどの表情よりも、儚げで、そして美しかった。

<コメント>
設定は総代がいなくなって、その直後の飛鳥の部屋。
誕生日記念のはずなのに、マコちゃんが意地悪でズルくてしかも片思い(汗)
勝手に私の中で綾人=光、誠=影の図式が出来上がってしまってました・・・



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