不器用な男



「は・・・」

「は?」
「・・・ぶあーっくしゅんっ!あーあかんわ」
「あはははっ!かみかみ、鼻ずるーってたれてる。おーもしろーいっ」
「あははは、じゃないわい。このがきんこめ。見せもんやないんやからほら、行った行った」
晃はジャケットのポケットからポケットティッシュを取り出すと鼻をかみながら横で爆笑する琴
音をあっちにいけ、と目で制す。
だが琴音は逃げ出すどころかとことこと駆けて来て晃の隣にちょこん、と座ると心配そうに彼
の目を覗きこむ。彼女の腕の中で心地よさそうにしていたアルも心配そうに一声鳴いた。
「かみかみ、風邪?」
「んー・・・ああ。このところめちゃくちゃ夜寒かったやろ。特にここはお山ん中だし、朝夕の気
温差も並じゃないわな。俺ってやっぱ繊細やからな、こういう急激な気候の変化にはようつい
ていけん」
そう言いながら早くも15枚目の紙に手を伸ばす晃の鼻は真っ赤だ。
「せんさいって・・・飛鳥ちゃんとかマコとかのこと言うんじゃないの?前にゆーちゃんが話して
たよ、かみかみぐらいの神経があればどんな悩みも一掃できるのに、って」
「何っ?そりゃ本当か、がきんこ。あちゃー、結奈はん何て酷い事を・・・このペンタファングの
赤い薔薇の心は薔薇だけにバラバラに散ってしもたわ・・・」
最後に凍りつくような洒落を挟みながら晃は天を仰いだ。
・・・あーおてんとうさんの光が眩しい。
秋の空はどこまでも高く、青く、澄み切っている。寒いけれどこの冷えた空気も心地が良い。
もっともそれは健康体でのお話。今の晃には苦痛でしかない。
ふと何も喋らなくなった(というか自分のこの素晴らしいギャグに突っ込みをいれて欲しかった)
晃が横をみると琴音とアルは全く同じ角度で首を傾げている。何やら腑に落ちないことでもあ
るのだろうか。
「どうしたん、何か疑問でもあるんか?」
琴音とは常日頃からぎゃいぎゃいと言い合いをしているが、それは決して気が合わないとか
憎いからではない。たまに少々の行き過ぎた言葉を投げつけることはあっても彼女がそれで
心の底から怒った事はまだなかった。
・・・すぐに泣くので大抵の場合、晃が謝るからではあるが。
妹を持つってきっと、こういう感じなのだろう。そしてこういう妹がいたらいいな、と晃は思う。
しかしもしそうなったとしても出来れば験力とか持っていないでごく普通の子として生活を送っ
て欲しいものだとありもしない勝手な想像で変な心配をしてしまうところが又晃の長所でもあ
り短所でもあったりする。
頭を撫でながらそんなことを思いあぐねていると、それに返ってきたのは非情な台詞。
「あのねー。かづっちゃんが言ってたの思い出して変だなーって。風邪って馬鹿はひかないん
だって。でもかみかみはひいちゃったでしょ。だとするとかみかみは馬鹿じゃないって事にな
っちゃうよね?ね。変だよね?」
同意するようにアルが横でわんわん、と鳴いた。
「お・・・」
「お?」
「おーまーえーなぁーっ!そんな事を言う悪い子はお尻ぺんぺんやっ!こっち来い、そして尻
を出せっ!」
「うわぁーっかみかみが怒ったーっ」
今度こそ、琴音とアルは笑いながら逃げていったのだった。




「何やねん、みんな揃ってわいの事馬鹿にしよってからに・・・」
ほっぺたをぷっと膨らませて晃は再びベンチに腰掛け胡座をかいた。
「それにしてもおっそいなー。もう解放されてもええ時間ちゃうか」
彼が左手の腕時計をちらりと見るのと、目当ての人物が声を掛けて来るのとはほぼ同時だっ
った。
「はっ、はっ・・・ごめんなさい御神さん。待たせてしまって・・・」
「おう、マコ。もうわい待ちくたびれてへろへろやったんやで。見てみい、この空になったティッ
シュの袋の山を。全く、病人を寒空の下待たすなんてひどいやっちゃ」
「すみません。本当はもっと早く来られる筈だったんですが・・・」
「相変わらずこき使われてんのか」
深々と頭を下げる誠に「もうええ」と言いながら晃の心の中では美沙紀に対してどうしようもな
い嫉妬が、めらめらと燃え盛っている。
「もうこれは日課のようなものですしね。それより本当にすみませんでした。僕奢りますから何
処か暖かい物でも飲みに行きますか?今から紫陽花とか」
「いや・・・」
晃は「ぶあーっくしょんっ」と大きなくしゃみを一発かますと思案するような顔になった。
「そうやな・・・外もええけどわいは、お前の部屋で茶飲みたいなぁ」
「え・・・?」
誠が晃の額に自分の手のひらを押し当て、少し熱があることを確認した後そっと引っ込めると。
さも不思議と云うように首を捻る。
「何でってなぁ・・・俺たち恋人同士やねんぞ、一刻も早く二人きりになりたいからに決まって
るやんか。お前そんなしれっとした顔して。わいの方がお前よりも愛情が深いって事がよう分
かったわ」
「そんな・・・」
腰の低い誠の態度を見る度、晃はつい意地悪な言葉を吐いてしまう。決してそれは本心から
ではなく、ただもっと誠の自分に対する態度が恋人のそれであるようにと期待しての事だ。
クラスに必ず一人はいる、好きな子には意地悪をしてしまう男の子。それは正に晃そのもの
だった。
「・・・すまん、ちょっと言い過ぎやった。そうやなわいは風邪っぴきやし、移したらあかんか。今
日はおとなしく自分の部屋に帰って寝ることに・・・」
「いえ、御神さん。行きましょう、僕の部屋へ」
しばし俯いていた誠であったがやがて決心を固めたかのように顔を上げると晃の手を取ると
そのままずんずん、と歩き出す。
「お、おい・・・マコ・・・」
「風邪は移した方が早く直るんです。だから・・・」
先を歩く誠が晃を振り向く。その顔が妙に赤い事に晃は気がつき、そして彼の言葉の裏に隠
された意味を知るや否や、晃も真っ赤になってしまった。
「なっ、なっ、自分で何言ってんのか分かってんのかお前っ!わいはただ茶を・・・」
「分かってます。だって御神さんが信じてくれないのなら僕は僕なりに御神さんへの想いをぶ
つけるしかないんですっ」
「だからってお前・・・」
何かそれは唐突っちゅうか、前説なしにいきなりネタに入るようなもんやろ。
と喉元まで出掛かった言葉を晃が飲み込んだその訳は。
「今夜は僕、ずっと御神さんと一緒にいますから」
潤んだ瞳で晃を見上げた誠。濡れた唇が、晃の答えを待って小さく戦慄く。
何て魅惑的なお誘い。
晃は徐に空を見上げる。それは勿論鼻血が出そうになるのを堪える為だ。
そして「あーっ」と一声吼えると頭を掻き毟った。もともと癖の強い彼の髪は見る間にぼさぼさ
になり、びっくりした誠が慌てて直す。その手をぎゅっと握り締めて晃は誠の耳元で低く囁く。
「マコ。お前・・・明日起きられへんかも知れんぞ」
「大丈夫です。僕かなり丈夫な方ですし」
「ホントにホントにええんやな?」
「本当に本当に平気です。だって僕ぐらいタフで無いと貴方の恋人なんて務まりませんから」
ウインクを寄越した誠にまったく、と言いながらとって付けたようなため息をつくも、その顔が
嬉しさで隠し切れない晃は。
ぐっと、誠の手を握り今度は自分が先になって歩き出した。




・・・手を足を同時に出しながら。

Back