喧嘩するほど



「はい、じゃあ今日はここまで」
石見がぱたん、と出席簿を閉じると今日の日直である紫上結奈が号令をかけた。
「起立、礼」
「気を付けて帰るんだぞ〜」
漸く介抱された生徒達は皆脱力したような声を上げる。欠伸をしながら机に突っ伏す者、「こ
れから部活だ〜」と途端に元気になる者、帰り道何処へ寄るかと相談し合う者。
実に様々だ。
「伊波くん」
机の中の教科書を鞄に詰め込む飛鳥の元へは、既に帰り支度を終えた結奈が寄ってくる。
彼女は微笑みを絶やさずこう言った。
「今日は執行部室に来なくても結構ですよ」
「え?」
「お休みです」
余程飛鳥が嬉しそうな顔を見せていたんだろう、そんな彼の事を微笑ましく見つめる結奈。
「ですからこの後はお好きなように、時間を使って下さい。最も」
そこで一旦言葉を区切ると彼女は教室の入り口の方を指差した。
「伊波くんを誘いたくてうずうずしている人が一人いるようですけどね」
飛鳥がそちらに目をやると、自分を話題にしているとは全く気が付いていない『彼』は同じク
ラスの女子生徒に声を掛けている最中だった。
「よう、可愛いおじょーさん。良かったら俺っちに電話番号とか教えてくれちゃったりしない?」
「・・・えっと・・・」
どこがだ、と言いかけ飛鳥は「アイツはただナンパしにきてるだけだろ」と冷たく一蹴した。
・・・どうでしょうか・・・うふふ。では私はこれで。
意味深な笑みを残し、肩で切り揃えた髪を靡かせて彼女は後ろのドアから教室を出て行った。
「飛鳥さん」
次に、もう帰られますか、と声を掛けてきたのは若林誠だった。
柔らかな笑みを浮かべ、近づいてくる彼の全身から醸しだされる儚げな美しさは本人が自覚
していないところでかなりの人気を博している。
「宜しかったら僕と一緒に帰りませんか?」
少し垂れ気味の眦を更に下げて笑う彼を遠巻きにを見ている一部の女生徒の口から、一斉
にため息が漏れた。
「那須乃は?」
「朝、今日は急ぎの用があるから先に帰ると」
ああ、そのせいなのか。
と飛鳥は思った。道理で今日一日何だか妙に顔が晴れやかだった訳だ。
「何処か行きたい所とかあればご一緒します。寮にそのまま戻るのは何だか勿体無いですか
ら紫陽花でお茶でもしていきます?」
うきうきと嬉しそうにプランを練る誠が面白くて飛鳥はつい笑みを漏らす。
「・・・何か僕おかしなこと言いました?」
「ううん・・・何でも無い。いいよ、一緒に帰ろ」
二人が歩き出したその時である。
「ちょっーと待ったぁあっ!」
ちゃっかりとその生徒から白い紙を渡された崇志が今正に教室を出てゆこうとしていた彼らを
呼び止めた。
「待てよ、伊波ちゃん」
崇志はつかつかと彼らへと歩み寄り、飛鳥の手に触れようとするがその寸前。黒い影が二人
の間に割って入った。
「飛鳥さんに何の用ですか」
「あん?誰かと思ったら心優しい『マコっちゃん』じゃないの。あんたの恋人はミーシャだろ?
何だ飛鳥って。呼び捨てだなんて聞き捨てならないねぇ。どけよ、俺っちの目的はあんたじゃ
ない、伊波ちゃんだ」
しかし、押しのけようとする崇志の手を掴む誠の力は見た目よりもはるかに強かった。そして
何より崇志が驚いたのはその眼光の鋭さだ。まるで触ったら切れそうなナイフの様。
「那須乃さんと僕は恋人同士でも何でもありません。憶測で物を云うのは止めて下さい。貴方
こそ先程口説かれていた女性はどうしたんです?放って置いては彼女が可哀相ではありませ
んか」
「五月蝿い。あれはあいさつみたいなもんだ・・・伊波ちゃん。こんな奴ほっといて俺とデート
しようぜ。待ってたんだよお前の事ずっと。この待ち時間無駄にさせないでくれよ」
頼むよ、と両手を合わせてこの通り、とお願いする彼が余りにも必死なので飛鳥はつい許しそ
うになる。
が。
「こんな不誠実な人なんて放っといて行きましょう、飛鳥さん」
「誠・・・」
ぐいと飛鳥の肩を掴み、その場を去ろうとする誠に、崇志が再び待ったをかける。
「待てよ。お前には聞いてない。伊波ちゃん、駄目なのか?俺のこと嫌いなのか?」
「しつこい人ですね」
飛鳥はどうしようと彼らの顔を交互に見るが、二人はもう飛鳥抜きで睨みあっていて。今この
場にそれぞれの武器があったら間違いなく構え合っていただろう。
勝つのは剣術か、それとも棍棒術か。
あるいは魔狼が勝つのか、それともインドの戦神か。
「あ・・・あの・・・」
「何だ」
「何ですか」
同時に振り向く彼らの目が余りにも怖くて後ずさりをする飛鳥。それでも勇気を振り絞って彼
は彼なりにこの場を収める方法を提案してみる。
「あの・・・どうせだったら、一緒に帰らない?」
「へ?」
「え?」
「駄目・・・かな」
後頭部を掻いて申し訳無さそうに俯いてしまう彼を見れば、その可憐さに頷かない奴なんて
存在しない、いやする訳が無い。
「・・・いや。伊波ちゃんがそう望むなら俺は・・・不本意だがそれでもいい」
「おや気が合いますね、京羅樹さん。飛鳥さん、君がそうしたいのなら僕も大・変不本意では
ありますがこの節操無しさんとご一緒しても構いませんよ」
「言うじゃないの」
「貴方こそ」


あはははは。


うふふふふ。


ツンドラ気候に迷い込んだかというこの寒さは一体。
ブルルと体を震わせながらも飛鳥はぼんやりと「この二人ってある意味息が合うかも知れな
いなぁ」なんて考えていた。




その30分後の紫陽花では、一足先にお茶をしていた伽月と琴音が。飛鳥を挟んで緊迫状態
の崇志と誠を青ざめた顔で見つめていた。




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