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ごりっ、ごりっ。
思ったより大きな石をスコップで掘り出す。土がシャツやズボンの裾に掛かったけれどそんな
事は露ほども気に掛けないといった様子で黙々と作業を続けている『彼』。
「ふぅ」
額に浮かんだ汗を首に撒いていたタオルで軽く拭き取ると、誠は小さく息をついた。
粗方雑草は抜いたし、小石もどけたからこれで大丈夫だろう。
「あとは御湿りかなぁ」
かさかさに乾いた土を一掴みした、唯一の園芸部員が独り言ちた。
梅雨は明けたからもう灰色カビ病の心配はとりあえず無くなったがその代わりこのところ続く
猛暑が彼の新たな悩みの種となっていた。
軽く水を撒いていこうと傍らに置いていたバケツに土で汚れたスコップを入れ、軍手を脱ごうと
したところで、誠が木陰にいる一つの影に目を止める。
「・・・飛鳥・・・さん?」
「!」
半分だけ顔を覗かせて様子を伺っていた彼、伊波飛鳥は。
気が付いてもらえた事がよっぽど嬉しかったのか、満面の笑みで頷いて。
誠が静かに微笑んで手まねきをすると、タタタッと小走りに駆けて来てちょこん、と隣にしゃが
みこんだ。
そうして目の前に広がる三色菫や他にも咲き乱れている色とりどりの花をうっとりとした様子
で眺めた。
自分が丹精込めて育てた花を喜んで見てくれる彼の姿に誠は目を細めた。
それに気が付いた飛鳥は少しはにかみ。誠に「もう終わった?」と問いかける。
「ええほぼ。後、軽く水を撒こうとしてたところなんですよ」
「そっか」
じゃ、手伝うと言ってくれた飛鳥に「お願いします」と丁寧に頭を下げ、二人は道場脇の水道へ
と向かった。
緑生い茂る小道をゆったりとしたペースで歩きながら、誠が飛鳥に胸に沸いた疑問を投げる。
「ずっとあの木の陰にいたんですか?」
こくん。
「もしかして僕を待っていてくれたんですか?」
こくん、こくん。
「・・・それは嬉しいですね」
バケツを持ち恥ずかしそうに。でも瞳はキラキラと輝かせて頷く飛鳥を心底から誠は「愛しい」
と思った。
「執行部は?今朝総代から何か頼まれていたようでしたが」
「もう終わった」
「そうですか」
髪が少し、乱れている。
今日は珍しく風も無い日だなぁ、と思っていたからそんなシチュエーションになるという事は恐
らくは走ってきたのだと思われる。
寄ってきた時の彼は汗も掻いていなかった。とするとあの場所にいたのはほんの数分ではな
い。
きっと、土いじりに熱中している自分を邪魔したくなかったのだろう。
決して押し付けでは無いあくまでさりげない心遣いが嬉しかった。
少し遠慮がちに。容姿からはちょっと意外である骨太な彼の手が薄茶色の髪にそっと触れる。
「?」
「髪が、乱れていました」
「・・・ありがとう」
ふんわりと微笑む飛鳥の笑顔に、誠はもう完全に参っていた。
約5分後。それぞれバケツを1つずつぶら下げて水を持ち帰った誠と飛鳥は再び花壇の前に
立っていた。
「ひしゃくとかで撒くの?」
「いえ、これがありますから」
誠の右手には、水色の如雨露が握られていた。
「バケツの水をこれに移しましょう。飛鳥さん水を入れるのと撒くのどっちがいいですか?」
「撒く方」
言葉で表すなら「うきうき」。
そんな表情を湛えている飛鳥を横目に。誠が慎重に零さないように、バケツの水を如雨露に
移すと。それを持ち上げて彼に渡す。
「はい、いいですよ」
飛鳥は嬉々として水を端から撒き始めた。サァァァ、という心地の良い水音が耳に入ってくる。
無くなればまた誠が水を足し。渡された飛鳥がそれを撒く。
小さな虹が出来るのを見て、彼は嬉しそうに笑った。
5・6回ほどでそれは終わり、少し寂しそうな飛鳥に誠が声を掛けた。
「まぁあまりやりすぎると根腐れしますし、こんなもんでいいでしょう。飛鳥さん、助かりました。
ありがとうございました」
ぺこん、と頭を下げる彼に「どういたしまして」と飛鳥も頭を下げる。
「道具を物置小屋に仕舞って来ます。ちょっと待ってて下さいね」
「この・・・草は?」
「草は袋に入れてまとめておいて明日僕が焼却炉に持って行きます。そのままで良いですよ」
花壇横においてあるビニール袋を顎で示しながら誠がそう言うと、何か言いたげな飛鳥を一
人残し走っていった。
程無くして誠が帰ってくると、飛鳥は背を向けてしゃがみこんでいた。
「飛鳥さん、すみません。ダッシュで行って来たつもりだったんですが・・・遅くなってしまいまし
たか?」
怒ってしまったの・・・かなと、不安になったのは彼がこちらを見ないからだ。
「あと雑草を片づけたら帰りますから、そこで・・・」
軍手を取り出しはめようとしていた誠が「待っていて下さい」と言いかけて、正面に立った途端
口をつぐんだ。
彼は雑草を袋に詰めていた、素手で。
指は土で真っ黒。そして入れながら何度も顔を拭いたのだろう、額やらほっぺやら所々汚れ
ている。
思わず誠は彼の手を強く握り、持っていた草を物凄い勢いで離させた。
「飛鳥さんっ!そのままでいいってさっき、言ったばっかりじゃないですかっ!何で・・・何でこ
んな事してるんです?」
「・・・だって」
役に立ちたかったから。
誠の喜ぶ顔が見たかったから。
激しい語気に飛鳥が震えながら、それでも搾り出すように出した言葉が。
誠の胸を激しくかき乱し、抑えていた欲望を突き動かす。
言葉を紡ぐよりも早く、両腕が飛鳥を胸に抱き寄せていた。
この気持ちをなんと呼べば、いいんだろう。
「好き」
なんて一言では片づけられない程の。
ただ、彼が愛おしくて、たまらなくて。
何処にも行かせたくなくて。
自分だけが独占したくって。
「?」
まんまるな瞳で自分を見つめる彼は、目を離したら何処かに消えてしまいそう。
「飛鳥さん・・・」
回された手の温もりを背中に感じ、想いは更に募るばかりで。
知らず知らずの内に手に力がこもってしまっていたらしい。
「誠・・・く・・るし・・・」
息絶え絶えといった様子の飛鳥が小さく呻く。
そしてその声に弾かれた誠が慌てて彼の体を解放した。
「す・・・すみません」
申し訳ない。
と誠が項垂れると、「ううん」と言って土で汚れた顔のままの飛鳥が呼吸を整えながら小さく笑
った。
今ので背中に飛鳥の指の跡がばっちりついたであろう誠もやや所在無さげに微笑んだ。
「続き、やろ」
「・・・そう、ですね」
二人は向き合ってその場にしゃがむと、残りの雑草を無言のまま袋に詰め込んでいった。
全くの余談だが。寮に帰って彼らが向かった先は言うまでもなく、風呂場であった。
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