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「いーなみっ」 お調子者の声がする。 呼ばれた本人はそ知らぬ顔で、黙々と鞄に教科書を詰めていた。 「なぁ、伊波ってばっ」 又も背後から声がする。もちろん気のせいなんかじゃない。 知っていてあえて無視を決め込む。伊波飛鳥という男は寡黙ではあるが、かなりの意地っ張 りなのである。 「いなみいなみいなみいなみいなみいなみ〜っ」 「・・・何だよ」 これ以上名前を連呼されるのには耐えられなくて。仕方なく投げやり気味に返事をしてやると、 鞄を肩にかついだ晃が瞳をキラキラさせてこちらを見ている。 「返事してくれた〜」 「だから、何」 全く、犬みたいだ。 いや、もちろん彼はれっきとした人間なのだが、もし犬だったとしたら。 きっと尻尾を千切れんばかりに振っている、といった感じだろう。 そんな事を飛鳥がぼんやりと考えていると。 「不意打ち」 ちゅっ。 一瞬何が起こったのか訳がわからなくて、目をぱちくりさせる。 何? 今一体何が起こった? そろそろと右手の指を自分の唇に押し当て、まだ少し残っている彼の熱を確かめた途端に、 飛鳥はぼぼぼぼっと耳まで真っ赤になった。 「なっ・・・なっ・・・おまっ・・・何をっ」 動揺して上手く言葉が出てこない。混乱している。というか頭が真っ白。 「んー?足りない?じゃあもう一回」 ちゅっ。 今度は少し長く。 唇に触れる柔らかい感触によって彼の体内の血液が物凄いスピードで巡り出す。 「・・・何でっ・・・何でこんなっ・・・」 漸く絞り出せた言葉は疑問ばかり。 「何でって?決まってるやんか、そんなの」 晃はにまっと笑って飛鳥の頭をわしわしと掻き乱した。 「好きやから。」 「すっ・・・」 好きって。 素直に、自分の気持ちに正直に感情を表す晃と違い、飛鳥はそういった表現が昔から下手だ った。 どうしてコイツはこんなに自分の心をむき出しにできるんだろう。 そんな風に無防備に自分を曝け出して・・・怖くないのかな。 何となく。でも彼といると、少しだけ変われそうな気がしたから。 晃が知ったらがっくり来るような理由ではあるがそれでも飛鳥が自分なりに出した答え。度重 なる熱烈なラブコールを受け入れて形式上恋人となった訳だがやっぱりこういうトコロはまだ 理解が出来なくて。 「なぁ、なぁ。伊波は俺のこと好き?」 1日に何十回と聞いてくるこの質問にもいい加減うんざりなんだけど。 「わかんない」 「えーっ」 嫌いじゃない。 一緒にいて楽しい。 でも、こんな風にトコロ構わず抱きついてきたり、今みたいにキスしてきたり、するほど、では ない。 俺が冷め過ぎてるのかな・・・。 しゅん、とした晃は、口をへの字に曲げて飛鳥を見ている。 「伊波は・・・意地悪やな」 そう言うと大型犬は背中を向け、人差し指をこねくりまわし、いじけたようなポーズをとった。 「ぷっ」 自分より大きな体の晃がそんな格好をしているのが可笑しくて、飛鳥は堪え切れず吹き出し てしまう。 すると、 「あ」 悲しそうな顔から一変、台風が去った後の晴れ間のような清々しさを満面に押し出して晃が 破顔する。 「伊波、今笑った」 自分の一挙一動で嬉しがったり、悲しくなったり。 本当にコイツって面白い。 俺も・・・いつかはこんな風になれるかな? 「俺だって・・・笑うよ。人間だもの」 呟くように飛鳥が答えると、晃は満足そうに微笑んで。 「あんな。俺さ。伊波やったら泣いてても怒ってても好きやけど。やっぱ笑顔が一番好きや」 と、言った。 好き、という言葉は。 そうそう口にするもんじゃないって思っていたけど。 今なら、いや、彼になら連呼されても嫌じゃないかもと思い始めていた飛鳥は仕方が無いな、 といった風に首を竦めもう一度(さっきよりは控えめだったけれど)自分に出来る精一杯で微笑 んでみせた。 |
<コメント> |
WEB拍手用だった小話。 |