おかわり


暗闇の中、薄目を開けた飛鳥がふと人の気配を感じて起き上がると、横に寝ていた筈の人
間が起き上がって窓の外を見ているのに気付く。


「・・・まこと・・・?」


月の光が僅かに差し込む部屋の中に浮かび上がるのは愛しい人の背中。
まだくっきりと3本の爪痕が残るそれを見つめ、飛鳥が息を呑む。
「・・・起こしちゃいましたか?すみません・・・何だか目が覚めてしまったもので」
起き上がった拍子に立てた、衣擦れの音に反応した彼が振り向いて優しく笑う。
その顔はとても清らかで堂々としていて、この間まで俯きがちに話していた人とは別人の様。
「ううん、気にしないで」
ふるふると左右に頭を振って否定すると、飛鳥のアンテナが大きく揺れた。
「また・・・見ていますね。やっぱり気になります?この傷は醜い、ですか?」
強い視線を背中に感じながらぽそりと呟く誠。
「違う。醜くなんかないよ。だってそれは誠の・・・勲章みたいなものでしょ」
「勲章・・・ですか。モノは考えようですね。まぁ確かにこれで自分自身何か吹っ切れましたし」
スプリングを軽く軋ませ、誠が飛鳥に向き直る。
「けれど、服を脱ぐ度に突き刺さるような君の視線が気になってしまいましてね」
困ったような、恥らったような、そんな形容の仕方がしっくり来る表情の彼が言った。
「さっきだって・・・僕の背中に爪を立てようとして一瞬躊躇しましたよね・・・やっぱり怖いんじゃ
ないですか?」
今度は少しだけその瞳にからかいを織り交ぜて問う。
「・・・怖く・・・は、ない。けど・・・」
言いにくいのか、飛鳥はなかなか言葉を発しようとはせず、誠は黙って彼を見つめ次に紡が
れる言葉を辛抱強く待つ。


「・・・ずかしい・・・からっ。後ろ向いて」


飛鳥が身体を無理矢理反転させる。再び誠は彼に背を向ける格好となった。
「飛鳥さん・・・?」
「俺・・・さ」
ちく、と誠の背中に痛みが走る。飛鳥がやっと瘡蓋が出来てきたそこへ強く唇を押し当てた
のだ。
「お前の・・・この傷見る度、複雑な気分になる」
飛鳥はそう言うと腕を前に回し力を込める。誠がそれに自分の手を重ねた。
「何故です?」
「だって」
そのまま彼は頭を背中に押し付けながら独り言とも取れそうな、小さな、小さな声で答える。
「この傷が、俺の為に出来たものだったら良かったのにって・・・そんな事考えちゃって・・・」
「!」
誠の身体がビクリ、と跳ねた。
「こんなの考えてる俺ってホント不純だよね、我儘」
出来れば秘め通したかった思いを吐露した飛鳥は、ぱっと身体を離すと恥ずかしさで一杯にな
って枕を引き寄せると顔を埋めた。が。
やはり反応が気になってそろそろと隙間から覗く。
「・・・どうしましょう・・・」
「え?」
誠は手で顔を覆っていて、表情が読み取れない。
不味い事を言ってしまったのだろうかと肩を落としかけていた飛鳥が堪らなくなって「あの・・・」
と声を掛けるのと同時に、強い力で引き寄せられ、折れそうな位に抱き締められた。
「すごく嬉しくて・・・誘惑に負けそうです」
「え?えっ?」
「そんな言葉を飛鳥さんの口から聞くことが出来るなんて、思ってもみませんでしたから」
見上げると、ふんわりと甘い光が宿っている誠の笑顔にぶつかった。
「だから・・・お代わりしても・・・良いでしょうか?」
「はい?」
あれあれ、と思う間もなくベッドに横たわった飛鳥の真上にいるのはイソイソと飛鳥のパジャマ
のボタンを外す誠で。
「心配しなくてもいつだって僕は君を守ってあげますよ・・・那須乃さんからも騎士役を降板させ
せられた事ですしね」
つぶさに脳裏に浮かんだのは先日「麩抜けた彼なんて、あなたにのしつけて差し上げますわ、
伊波飛鳥」と人差し指を突きつけてきた美沙紀の顔。
「これからは僕が命を掛けて守るのは君一人、ですから」
指を絡ませた誠が囁いて、空いた手で髪をかき上げるとその額にキスをした。
飛鳥は涙を滲ませて頷くと、彼の背中に両腕を伸ばしてしがみつく。



気が付くと、止むことの無い優しい彼の言葉と行為に意識を飛ばしそうになりながら飛鳥は彼
の背中に自分を刻み付けるかの様に、強く爪を立てていた。


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