絶対視


「龍痺、薙ッ!」
ザシューッと凄まじい音がしたかと思うと異形の物は見る間もなく崩れ去り、飛び散った体液
が何とも言えない臭いを漂わせて九条綾人の顔に、体に、こびりつく。
不快な臭いに顔を顰め、彼がハンカチで拭き取ると特殊な素材で出来ているその制服はま
るで何事も無かったかの様に綺麗になった。
「お疲れ様でした」
刀を収めながら、近づいてくるのは伊波飛鳥。
いつも綾人の側を離れない紫上はというと、怪我を負った若林や伽月などの治療に専念して
いる。
「飛鳥も慣れてきたみたいだな。最初の頃と比べるとかなり太刀筋が良くなってきている」
無造作に後ろに結った髪をばさ、と解いた綾人が笑う。
「褒めていただいてどうも」
余り嬉しく無さそうな様子の飛鳥が頭を下げた。
そんな彼の頭を撫でて、綾人は更に笑みを深くした。


この男は・・・自分では気が付いていないが途轍もなく大きな力を持っている。
俺は彼に初めて会った時から、その事に気が付いていた。だからこそすぐさま執行部に引き
入れるべく体勢を整えたのだった。
そして自分の目に狂いは無かった。


見込んだ通りに、飛鳥は戦いを重ねる度どんどん雄々しく、どんどん強くなっていった。
綾人はそれを目の辺りにするのがこの上なく誇らしくて、また嬉しかった。
一方対照的に飛鳥の心の中はひどく荒れていた。
刀を振る度に、力を使う度に、どんどん自分の力が怖くなった。
何気ない振りを装いつつ総代と話している自分が、まるで他人であるかの様な感覚に陥る。


彼の側にいられるなら、どこでもついてゆきたい。


出会ったあの時、そう直感的に感じたからこそ飛鳥は執行部に入った。
動機は不純であったと思う。
しかし、最終的に決めたのは自分自身だ。やるからには決して足を引っ張らない様精一杯頑
張ろうと努めた。
その甲斐あってか飛鳥は最近では周りからも一目置かれるほどには成長していた。
けれど。戦う度に強大になってゆく力が怖くて。自分が自分でなくなってゆく気がし、気を抜い
たらすぐにでもそんな不安に押しつぶされそうになる。





「飛鳥?」
「・・・何でもありません」
見つめられるのを恐れ、反らした瞳に暗く悲しげな色が浮かんだのを綾人は見逃さないでい
た。
そうして「落ち着け」と腰に下げた刀を思わず握り締める飛鳥の手は、微妙に震えていた。





「飛鳥」
藍碧台に立って郷を見下ろしていた飛鳥は聞き慣れた掠れ気味な声を掛けられてびく、と体
を震わせた。


一人になりたいのなら、寮の部屋でも良かった。
彼のお気に入りの場所と知っていながらここへ来るなんて。
変な時だけ大胆な癖に、臆病でうじうじして。こんな自分は彼には似合わない。不釣合いだ。


両の拳を握り締めて黙ったまま、飛鳥は決して彼へ振り返ろうとはしなかった。
「何か、不安に思っていることがあるのか?」
綾人がそんな様子に業を煮やして彼の正面へと回る。
「・・・!・・・お前泣いているのか・・・?」
驚いたような口調に飛鳥が自分の頬を手の平で擦るようにすると、いつの間にか涙が伝って
いるのに気が付く。
「あ・・・」
慌てて「気のせいです」と言って、どこまでも真直ぐな、射抜かれるような視線から逃れようと
するが、一瞬彼の行動の方が早かった。
両手を掴み顔を覗きこむ綾人の顔は真剣そのもの。
「俺にも・・・話せないことか?」
「・・・っ、それはっ・・・」


だって・・・言ったら呆れられる。笑い飛ばされるに決まってる。
俺が戦っているのは本当はあなたの側にいたいからなんです。でも、俺は自分の力が日々
強くなってゆくのが怖いんです、なんて。
言えない。


「・・・言ってくれ飛鳥。お前の力になりたい。お前のその目を曇らせている悲しみの原因を俺
は取り除きたいんだ」
「・・・」
「お前は執行部に入ってから、殆んど笑わなくなったな。いつも乾いたような笑みを浮かべて
いた。そんなお前を俺はずっと気にしてたんだが」
「・・・」
「駄目なのか。・・・俺には話せないか・・・?」
「・・・っ!」
飛鳥が大きく頭を振ると、肩に爪が食い込むほどの勢いで締め付ける彼の手を振り払った。
拒絶されたと感じた綾人は、絶望した様に項垂れる。しばらくそのまま二人は立ち尽くしてい
たが、やがて綾人の方が小さく息をつくとその場を立ち去ろうと踵を返した。


・・・去ってゆく。


彼が俺の前から、去ってゆく。


そんな事、させない。


飛鳥はほぼ反射的に綾人の腕を掴んだ。
「違います!違うんです!俺は・・・俺は。あなたに嫌われたくなくて・・・それで・・・」
胸に抱きこむ様に引き寄せられた綾人は、驚きのあまり口を開けたまま固まった。
こんなに激しく感情を露にした彼は、初めてだったのだ。
「飛鳥・・・?」
「俺は、俺が執行部に入ったのは、あなたがいたからです。正直言って天魔がどうとか、郷
がどうとか、そんな事は二の次だった。本当の理由なんて言えなかった。言ったら呆れられ
るって事が分かっていたからです。あなたは総代で、神子という重大な任務を持った人で。
どこまでも真直ぐで自分の立場に自信を持っていて。だからこそ俺はあなたという存在に初
めて会った時から惹かれていたんだ」
思いもかけない告白を聞いた綾人が目を見開いた。
「俺は、ひたすらあなたの重荷にならないように懸命に努力した。戦い方だって最初は本当
に目も当てられない位だったけどやっと人並みには成長したと自分でも思ってます。だけど
戦いを重ねて行く度に俺は自分の力がどんどん強大化してゆくのに気が付いた。そのスピー
ドは予想していた以上の速さで。気持ちが追いつけなくなってきたんです。俺は、怖い。自分
の力が、怖いんです」
固く抱き締められた綾人からは彼が今どんな表情をしているのか見ることが出来ない。だけ
れども震えている体から大体想像はついた。
「そんな事を考えていたのか。お前は、一人で」
よしよし、と頭を撫でて彼は飛鳥の肩に頬を埋めた。
「馬鹿だな。笑ったりなんかするもんか。全く一人で先走りやがって、困った奴だ」
「総代・・・」
「俺だって同じ事を考えていた時だってあったさ。今現在も自分の任務に疑問を感じる事が
全く無いとは言えない。けど、自分を追い込めば追い込むほどその力は負へと作用してゆく。
そうなったら後はズルズルと落ちてゆくだけだ。だから俺は変な気負いをしない事にした。何
も一人で戦っている訳じゃない。結だって、鼎さんだって皆んないる。一人じゃないんだ、とそ
う思った時にふっと肩の力が抜けた」
一つ一つの言葉を噛み締めるようにして綾人は飛鳥に語りかける。
「・・・」
「飛鳥。お前だって同じだ。俺はお前がどんな理由で執行部に入ったとしてもそれを責める気
は無い。まして俺を慕って入ってくれたのだというのならそれは寧ろ嬉しい。力があるのはお
前だけじゃないし、俺も結も、執行部の皆がその問題には対面しているんだ。何を悩む必要
がある。お前はもっと周りに頼ってもいいんだぞ」


あぁ、この人は眩しくて、大きい。
それに比べてなんて自分はちっぽけで情けないんだろう。


飛鳥は目尻に涙をうっすらと滲ませ、一度は離し掛けた綾人の、その存在を、温もりを確か
めようと再び両手で包み込んだ。
「ありがとう・・・ございます・・・」
「ばーか。こんなの感謝されることでもないぜ。俺じゃなくたって、結だって同じ事を言ったと
思う」
屈託無く笑う彼は、圧倒的な自信とカリスマ性に溢れていて。
やっぱりどうしたってこの人には逆らえないな、と飛鳥は強く思った。
「よし、それじゃ手始めに呼び方から変えてみないか。結はもう良いとして、お前から『総代』
と呼ばれるのはどうもこそばゆくてな」
「え・・・?じゃ、九条先輩・・・とかで?」
「駄目、駄目。固い。俺が『飛鳥』って名前呼び捨てにしてんだからお前も名前で呼ぶといい」


・・・そんないきなりずうずうしくは無いだろうか・・・。


だが色々思案してみるも中々良い呼び方が思い浮かばず、飛鳥が唸ると綾人はくすりと笑っ
てこう言った。
「じゃあ、琴音と同じ呼び方ってのはどうだ」
「へっ?」
傘をクルクル回し、仔犬を連れている少女の顔が浮かぶ。
「で、でも・・・」
「ほら、呼んでみろ」
「・・・あ、あーや・・・」
「うん。悪くない」
満足げに綾人が笑った。
釣られて飛鳥も笑った。
いつもの乾いた笑みではなく、自然に心から出た、総代がどきっとする程の優しい笑顔であ
った。

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