二人


「よう、誰かと思ったら。奇遇だね〜」
はぁ、はぁ、と剣を片手に荒い息をつく飛鳥の前に見知った人物が立ち塞がる。
「た・・・かし・・・?お前何でここに・・・」
切っ先を鞘に収めながら飛鳥が声の主を訝し気に見つめると、彼は声を立てて笑った。
「いやぁ、反応が想像通りで実に満足だよ。本当にユーは面白い奴だな」
「・・・何の用だ。お前は東京に帰ってリハビリしているんじゃなかったのか」
サングラスの奥の目に返り血を浴びている自分の醜い姿が映されていないことに少しだけほっ
としつつ、けれど心の中の大半が占めているのは壮絶なまでの虚無感と喪失感であり。
どんな口調で彼に接すればいいのか分からずに搾り出すように出した言葉は誰が聞いても分
かる位かなり余所余所しい。
「つれない事を仰いますなぁ、かつては一緒に戦ったこともある友に向かって」
「うるさい。今の俺にはそんな冗談を言う程の余裕なんてこれっぽっちも無いんだ」
神子として、九条綾人の遺志を継ぐ者として。そして自分自身で選んだ道を、飛鳥は押しつぶ
されそうな不安と恐怖に耐え忍びながら旅を続けていた。
まだ17歳という幼さを湛えた彼には酷な選択を郷は迫った。そして飛鳥は甘んじてその使命
を請け負った。
辛すぎる毎日だった。今までとは違い、たった一人で多数の天魔を相手に戦う飛鳥の体力と
精神力は想像以上のスピードで失われていった。
時には森の奥深く生い茂る草葉の陰で夜を明かすこともあった。うとうととしかけるといつ奴等
が襲ってくるとも限らないから、おちおち眠ってもいられなかった。


誰かの助けなんか、いらない。
そんな事をされたら、自分は甘えてしまう。その存在に依存してしまう。
だけど、でも。
無意識の内にぼんやりと「アイツがいたら・・・」と思うこともあった事は事実だ。
相反する気持ちを抱きながら、彼は天魔と、そして己の弱い心とも戦っていた。


「こうしてオレっちがわざわざ出向いて会いに来てやったんだから。『嬉しい』の一言ぐらい言
ってくれてもいいんじゃない?」
崇志はのらりくらりとした口調を決して崩さずに飛鳥に近寄ると背後からそっと抱き締めた。
「なっ!何すんだ、馬鹿っ」
ひゅっと飛鳥の手が崇志の頬を掠めたが一瞬彼の動作の方が素早く、崇志はそれを辛うじて
かわした。
「ちっちっち、甘い甘い。オレっちはまだまだいけるってことが、お分かりになりました?」
「何だと・・・お前」
「ここまで来たんだ、まさか追い返したりはしないだろう?」
被さる様に言った崇志の声は真剣だった。飛鳥は縋りつきたい衝動に駆られながらも、懸命
に拒絶の言葉を探す。
「あぁ、まだお前の力が想像していたほど衰えていないってことはよく分かった。でも・・・でも。
だからってそれは俺がお前を連れてゆく理由にはならない」
「何でだ」
「それは・・・」


先の戦いでボロボロになってしまった彼を、これ以上巻き込みたくない。
もう、大事な人を目の前で失うのは沢山だ。


飛鳥はぐっ、と刀を握り締めた。


(そんな事言えるか)


「・・・足手まといだ・・・っ、お前が来ても俺の背負っている錘が増えるだけだ・・・だから・・・」
「嘘をつくな」
震える飛鳥の肩を崇志が両腕を伸ばして強く掴んだ。
「本当はずっと一人で、辛かったんじゃないのか?いくらそれが宿命だったのだとしても、余り
にも重すぎて俺だったら耐えられない。どこかできっと挫けてしまっている」
「違う、俺はっ」
宥めるように、労わるように、優しく、強く。
崇志は頭を振る彼を抱き締め、少し濡れた髪に顔を埋める。
「本当に意地っ張りだな。じゃあ、こう思ったらいい。お前が俺を連れてゆくのじゃなく、俺がお
前に勝手についてゆくんだと。そうしたらいくらか気が楽だろ?」
「でもっ!俺はお前が・・・これ以上、お前が傷つくのを見たくは・・・ないんだっ」
ついに根負けした飛鳥が本音を打ち明けると崇志の胸に飛び込んだ。
そして、今まで溜めていたものが一気に噴出したかのようにわぁわぁと大きな声を上げて泣い
た。


「・・・あんまり可愛いことを言ってくれるな。どうにかなっちまう」
天を仰いだ崇志が、ぐっと唇を噛み締める。次の瞬間飛鳥の体は風を切って地面に押し倒さ
れていた。
何が起こったのか理解できない彼がおずおずと真上の彼を見上げると崇志はにやっと笑った。
「お前の・・・この・・・目・・・」
触れてはならない、と固く心に決めていたのに。
飛鳥が震える手で彼のサングラスを外した。その目は開いているが、色がどんよりと曇ってい
る。
「あぁ、回復はしていない。けど、お前の姿は目を瞑っていても見えるぜ。何処にいたってな」
「えっ・・・」
「お前は・・・お前だけは、俺の脳裏に嫌って言うほど焼き付いてる」
「崇志・・・」
両目を真っ赤に腫らした飛鳥がそろそろと指を伸ばして彼の頬に触れると、再び泣き出した。
崇志は彼の涙を全て吸い取るかのように自分の胸に押し当てる。
「お前がいない世界なんて考えられないから。だから俺はどんなにお前が嫌がってもついて
いくって決めたんだ。だからもうユーに拒否権は無い訳。オーケー?」
真面目なことを言っていても、最後はやっぱりこんな感じで。
飛鳥は口の端でくす、と笑うと安心したせいか急に眠気が襲ってきて、うつらうつらとし始めた。
「・・・おい。眠いのか?・・・泣き疲れたか・・・」
優しく髪を梳きながら、崇志は飛鳥の寝息を立て始めた唇を自分のそれでそうっと塞いだ。
しばらく二人は抱き合っていたが、やがて禍々しい気を感じた崇志が飛鳥をそっと安全な場所
へ運ぶと、棍棒を持って立ち上がる。
「さぁ、来いよ。目が駄目でも、まだ俺には力がある。全てを投げ打ってでも飛鳥には指一本触
れさせやしない!」
見えていない筈の目がギラリ、と光り。
その顔はかつての戦いで見せた、残忍さを満面に押し出した笑みを浮かべていた。


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