ナルシストの弱点



昼休みの執行部室。

飛鳥は結奈と一緒に他愛も無い雑談をしていた。そこへ口笛を吹きながら、白いブレザーを着
た二人、京羅樹崇志と御神晃が入ってきた。
「ハロー。おやぁ、伊波ちゃんこんなところで彼女口説いてんの?抜け駆けは無しだぜ」
「結奈はん、今日も綺麗ですなぁ。俺惚れ直してまうわ」
「ふふっ、ありがとうございます。でも残念ながら何も出ませんよ」
こんな事は何度と無く経験済みなのであろう。彼女は実に上手く言葉をかわしてゆく。
一方飛鳥は崇志の刺す様な視線を感じ、気の効いた言葉一つ返せずただ俯いてしまう。
「あれ図星?参ったねぇー。冗談で言ったつもりだったんだけど」
「ち、違うっ!そんな事はしてない!お、俺は普通に紫上と・・・」
「そうです。私達はそんな勘ぐられるような関係じゃありませんから」
きっぱりと言い切った結奈の言葉に、飛鳥はほっと胸を撫で下ろした。
「ふーん。まぁ、いいや」
あんまり関心が無さそうに崇志は首を竦めて横を向いたが、少し感じが違う彼の様子にいち
早く気づいた晃が、すかさず突っ込みを入れた。
「あれ、ラギー。お前何か不機嫌そうやな、しかめっ面してんで」
「そんな事無い、気のせいだ。あぁ、別にお邪魔しに来た訳じゃないから二人共気にしないで
話続けて。おれっち、ちょーっと用事思い出したから帰るわ。んじゃ、バイバーイ」
くるっと踵を返した崇志はおどけた足取りで部屋を後にした。
「変なラギー。伊波を探してたんじゃないんか。俺を無理矢理付き合わせたくせに、ホンマ訳
からん奴やわ」
呟くように言った晃の言葉に、飛鳥はガタン、と椅子から勢いよく立ち上がった。
「・・・伊波くん?」
「どうしたんや伊波」
立ったまま固まって動かない飛鳥を心配した結奈と晃が、交互に声を掛ける。
もしかして、彼が不機嫌なのって・・・。
「俺、ちょっと用事思い出したからこれでっ」
飛鳥は鉄砲玉の様に、あっけに取られている二人を残し執行部室を出て行った。




ここでも・・・ない。
校庭にも、寮にも、武道館にも、書院にも、校内の何処を探しても崇志はいなかった。後はも
う外を探すしかない。


走って、走って、走って。


額から、顔から、体から、ありとあらゆるところの毛穴が全部開いてそこから汗が吹き出してい
るみたいだ。
それを拭いもせず飛鳥はただひたすら彼を探す。


彼の誤解を解くために。彼に自分の言葉で、自分の思いを伝えるために。


先ほどから走り続けたせいで大幅に体力を消耗してしまった飛鳥は、ぜいぜい、と肩で息をし
ながらふとある場所を頭に浮かべる。


『校外だとしたら・・・あそこかも知れない』


既に午後の授業が始まっている時間だったが、こうなりゃやけだった。
「行ってみるか」
からっからに乾いた喉を潤すようにごくんと唾を飲み込むと、彼は再び目的地に向けて走りだ
した。

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藍碧台の丘の上に探していた彼の人はぽつんと一人、飛鳥に背を向けて立っていた。
声を掛けようとしたその時、一陣の強い風が吹きつけ思わず飛鳥は目を瞑る。
再び瞼を開けた彼の目の前にはいつの間にか崇志がいて、飛鳥を見下ろしていた。
「伊波ちゃん、どうしたの?もう授業始まってんじゃん。・・・ナンパの次はサボりですか。全く、
精が出るねぇ」
からかうような口調はいつもの崇志のものだが、顔が笑っていない。さっき執行部室で見せ
たのと同じ、突き刺すような眼差しに飛鳥の心臓がきゅっと縮み上がる。
「違うっ!俺は・・・」
「ふーん、何か言いたそうじゃない。まぁ折角だから聞いてあげてもいいけど」
胸の前で組んでいた腕を解き、崇志はサングラスを外し胸のポケットへと入れた。元々切れ
長で細くつり上がっている彼の目は、冷たい視線を放つのをやめない。瞳を覆っていたもの
が取り除かれたことで一層凄みが増しているようだった。
鳥肌が立つほどの恐怖と戦いながら、飛鳥は重い口を漸く開く。
「俺は・・・俺は・・・紫上とは本当に仲の良いクラスメイトってだけで、別に好きとか、付き合い
たいとかそんな事は思ってない!さっき話していたのだって・・・お前のことだったんだ」
「ふぅん」
「俺が・・・好きなのは・・・お前だけなのに。どうして・・・どうして信じてくれないんだよっっ!お
前は俺が嫌いなのかっ?あの時言ってくれた言葉は嘘だったのかよっ!」
「・・・・・・」
崇志はピクリとも反応しない。そんな彼を見て飛鳥は感情が昂ぶるのを抑えきれず、ついに
ぽろぽろと泣き出した。
「俺っ、俺っ・・・最近授業中でも、部屋でも、いつもいつもお前のことばかり考えてて。もう異
常じゃないかって位頭の中お前のことばっかりで。そんな気持ちになったの初めてだったから
不安で堪らなくて、紫上に相談して・・・。なのに、お前に変な誤解されてっ!もう、どうしたら
いいのか分からないよ!」
うっ、うっ、と嗚咽を漏らす飛鳥を冷ややかに見ていた崇志が、ふうっと大きな息を吐くと「ほ
ら、もういいよ。分かったから泣くな」と腕を伸ばし、自分の胸の中へと抱きこんだ。
「・・・お前ももう少し自覚持てよな。俺がどん位お前に嵌ってるか分かってんの?」
ん?と崇志が涙でぐちゃぐちゃに歪んでいる飛鳥の顔を覗き込んで額をぴん、と弾いた。
「・・・え・・・」
「オレっちってば、全て完璧じゃないと許せないから。一旦手に入れたもんは誰にも渡さない
の。誰にも触れさせたくないし、口も利いて欲しくないとまで思ってるわけよ」


『つまり、それって・・・独占欲が強いってこと?』


飛鳥は泣くのを止めて、崇志の顔をそっと見上げた。怒ったような顔は変わっていないが、頬
がほんのりと染まっている。
「俺以外の誰かと楽しそうに話をしてるなんて許せない」
「・・・ははっ・・・あはははっっ」
飛鳥は目をごしごしと擦りながら笑った。一方自分の言葉を流されたと思った崇志は再び不
機嫌になる。
「何だァ?そこ笑うとこかよ」
「・・・違う。嬉しくって・・・」
ぎゅっ、と飛鳥は彼の首に腕を巻きつけた。
「俺はもう、とっくに崇志のものだよ。だからもう変な焼きもち妬いたりしないで」
「・・・けど、やっぱり俺は心配」
「何で?」
やっと笑顔を見せた崇志は、切なくなる程優しさを込めたキスを小さく一つ、額に落とす。




「お前、可愛いから」




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