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「ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ」
武道館に野太い男の声が響く。鉄アレイを軽々と持ち上げトレーニングに余念が無いのは、
宝蔵院 鼎その人である。
御年20歳。筋骨隆々とした身体を惜しげもなく鏡の前に晒してはポーズを決める。
「ねぇねぇ、かなえちゃん。ずぅっと鏡見てて面白い?」
隣でしゃがんでその様子を見ているのは、真田 琴音。
放課後、琴音は一緒に帰ろうと鼎を誘ったのだがトレーニングの途中だからと一旦は断ら
れ他の人を探したがなかなか見つからず、かといって一人で帰るのも嫌だったので再度鼎
にお願いするとトレーニングが終わったらいいとの返事をもらい、仕方なく待っているという
訳だった。
「おぅ。素晴らしいと思わんか、この俺の筋肉。やっぱりこれを維持するには日頃の鍛練が
ものをいうからの。もうちょっとで終わるから待ってろ、琴音」
「ちぇー。かなえちゃんさっきからそう言ってもう30分ぐらい経つじゃん。琴つまんなーい」
琴音がぷくっと頬を膨らませて膝を抱える。
この分では有にあと30分はかかりそうだな、一人で帰ろうかと思い始めていた時だった。
「やぁ、鼎さん。トレーニング中ですか、精が出ますね」
「あっ、あーやっ!!」
入り口から声を掛けたのは総代、九条綾人であった。頬にかかる髪を掻き上げながら大股
で歩いてくる。琴音が立ち上がるとお尻についている埃を軽くはたき、たたたっと彼の元へ
と駆け寄った。
「あーや、一緒に帰ろう。かなえちゃん、一緒に帰るって言ってくれたのに全然とれーにんぐ
終わらないの」
綾人の袖をぐいぐいと引っ張る琴音が、寂しそうに言った。
彼は琴音の頭を優しく撫でながら、未だ鏡に向かって自分に見惚れている鼎に再び声を掛
ける。
「駄目ですよ、鼎さん。琴音が寂しがっているじゃないですか。もう、いいでしょう。そろそろ
切り上げられたらどうですか」
ようやくその声に振り返った鼎はタオルで汗を拭きながらがははは、と笑った。
「あぁ、すまんすまん。琴音、もう終わったから帰ろう。道具とか片づけるからお前は俺の鞄
を取って来てくれるか。ほらあそこだ」
鼎が場所を指し示してやると、琴音は「はーい」と言って走って行った。
「今日の仕事は終わりか、綾人」
手を動かしながら、鼎が綾人に尋ねる。
「はい。ある程度目処がついたのでキリがいいところでもう帰ろうかと。鼎さんまだトレーニン
グやってらっしゃるかと思ったのでちょっと武道館に立ち寄ったんです」
「ふむ。じゃあ丁度良い。お前も一緒に帰らんか。チビつきだがな」
「喜んで。あ、片付け俺もお手伝いしますよ」
「おぅ、すまんな」
倉庫に道具を運ぶ間、鼎は隣に歩く彼の横顔にちらちらと視線を投げていた。
・・・ほんに、不思議だ。見た目はこんなに儚げなのに、戦いになるとこやつは恐ろしく強い。
生まれながらについた神子の力か、それとも奴本来の成せる技か。
無骨で野獣のような自分の風体とは全く正反対のこの「九条綾人」に惹かれているのは、
単に戦友としてなのか、それとも何か別の感情によるものなのか。
頭を使うより体を動かしていた方が性に合う鼎はこの解けない難問を抱えうむむ、と唸った。
「どうしたんですか?何か悩み事でも?」
「・・・ん?あぁ、いや、ははは、何でもないわい」
「あっはっはっは、変な鼎さん。さて、大体片付きましたね。じゃあ、俺は執行部室に行って
結奈にちょっと声を掛けて来ますので琴音と二人で先に歩いてて下さい」
綾人はにっこりと笑うと、小走りに武道館を去っていった。
入れ違いに、琴音が体全体で鞄を支えながら走ってきた。
「ふう、ふう。かなえちゃん、鞄持ってきたよ。・・・あれ、何かお顔赤いよ、どうしたの?」
「俺は・・・どうしちまったんだろうなぁ・・・」
「ごめん、お待たせ」
こちらに向かって走ってくる綾人の姿を見つけ、鼎の心臓がどくん、と高鳴る。
(何だ、これは)
「あーや、待ったよー」
琴音がぶんぶん、と両手を高く上げて彼を呼ぶ。
やがて鼎の前まで来ると、綾人は胸に手を当て何回か深呼吸をして息を整えた。全速力で
走ってきたらしい。
うっすらとかいた汗が額を濡らしていて、乱れた髪が張り付いている。鼎はごく、と唾を飲み
スポーツバッグからさっき自分が使っていたタオルを取り出すとぐい、と綾人の額にそれを
押し付けた。
「汗をかいている。それで拭け」
「ありがとうございます」
綾人は微笑みながら、彼のタオルで顔を拭く。その様子をぼけーと口を開けながら見ている
鼎。
返されたタオルに気づかない程、彼は綾人の仕草の一つ一つに心を奪われていた。
「じゃ、帰るとするか」
「はーい、琴に提案がありまーす。折角だからお手々をつないでかえりましょー」
どくん。
(手、手を繋ぐってわしと、綾人がか・・・?いかん、それはいかん!)
「よし乗った」
綾人が楽しそうに言うのを見て鼎が更に動揺する。
(いいのか、綾人。お主は構わないのか!それで・・・すると、綾人もわしの事を・・・)
どくん、どくん。
「はいっ、じゃあ。琴が真ん中です!かなえちゃんはこっち、であーやはこっち」
・・・がっくり。
肩を落とし項垂れる鼎を見て、琴音は「変なかなえちゃん」と首を傾げて言った。
「さっかえりましょ〜♪」
燃えるような夕日を全身に浴びた彼らの影が石畳に映っている。
琴音はうきうきとしながら、両脇にいる二人を交互に見、こう言い放った。
「何かさぁ。琴たち家族みたいだねっ。琴は子供で、かなえちゃんはお父さん。で、あーやは
お母さんっ」
「なっ!何を言っているんだお前は!わしは兎も角、綾人がは、母などと・・・」
「なぁにぃ?かなえちゃん何で怒るの?琴よくわかんなーい」
喧々囂々と言い合う二人を見て綾人がくす、っと笑った。
「いいな、それ。じゃあ俺と鼎さんは夫婦って訳だ」
九条綾人。この男は時々冗談とも本気ともつかないことを平気でさらっと言ってのける。
そして今正に一人の男が、彼の言葉に真剣に悩み始めようとしていた。
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