決意



あの方と共に戦い、あの方の側でずっとお仕えしてゆくと、そう決めたのに。


・・・こんな仕打ちはあんまりです、神様。


転位陣から戻ってきた伊波くんは呆然としていた。私がそっと肩を叩いて「大丈夫ですか?」
と声を掛けると彼は鞭に打たれたように身体を震わせ私の目をじっと見つめた。そして次の瞬
間吠えるような嗚咽を漏らした。
感情をむき出しにする彼とは相反するかのように次第に冷静になってゆく私の心。
「自分を責めてはいけません。これは運命だったのです」
彼に話しかけている筈の自分の声がやけに遠くの方で聞こえる。
まるで精神が肉体から離れてしまった、そんな感じ。
「さあ、戻りましょう」
天照郷へと帰る道の途中で見た夕焼けはひどく赤くて、まるで血のような色だった。

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執行部への皆には山吹先生の方から話をしてもらい、私は追悼式のための原稿を部屋で
書いていた。
何を言ったらいいのだろう。何て書けばいいのだろう。
分からない、何も浮かばない。あの方の為の弔辞なんて考えたくも無いのに。


「お前の笛の音は心が休まるな・・・」


ついこの間まで微笑みながら私の笛で舞って下さったのはどなただったのか。


「結」


あの少し掠れたお声で優しく呼んでくださったのはどなただったのか。


机の上に飾ってあるのはたった一度だけ、わがままを言って撮らせていただいたあの方の
写真だ。私と綾人様、ちょっとピントがずれているけれど二人だけで撮った私の宝もの。
フレームを手に取りそっと胸に抱く。ガラス面にぱた、と水滴が落ちた。
ずっと我慢していた。ずっと言えなかった。覚悟はしていたつもりだったのに。
こんな事になるならちゃんと伝えておけば良かった。


どうして私を置いていかれたのですか。あの時私も傍にいたかった。どんなに「帰れ」と言わ
れようと、本音は帰りたくなんか、無かったのに。
利己主義だと思われても良かった。あの方を救えることが出来るのならみんなを放っても。
そんな醜い考えに囚われていたことでさえ、あの時の私は綾人様のお声が無かったら気
がつかなかった。


駄目だった。


あの方の強い信念に私が逆らえるはずが無かった。
綾人様の望みは私の望み。全て彼の思うことに従うことこそが私の、彼の補佐役として抱い
てはならない感情を表現できる唯一の方法だった。


だけど、やっぱりツライです。私は一人ぼっちになってしまった。これから誰をどう補佐してい
けば良いというのでしょう。
しっかりしなくてはいけないと思えば思うほど気持ちが空回りしそうで怖いのです。
お願いします、神様。出来ることなら彼を帰してください。私の元になんて我儘なことなんて
申しませんから、彼が今でも帰ってくると信じているみんなの為に。
頬を流れる涙を拭いもせずに私はそのまま机に突っ伏して原稿用紙を濡らしながら、そのま
ま寝てしまった。

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いつの間にか私は真っ白な世界に立っていた。周りには何も無い。どこまでも真っ白で無音。
何処だろう・・・黄泉路にしては・・・やけに明るいし・・・。


「結」


聴きなれたその言葉にびくっと肩をすくめ私は振り返った。
見紛う事なきあの方が目の前に立っていた。両手を広げてあのちょっとはにかんだ様な笑み
で私に近づいてくる。
「そ・・うけ・・・やっぱり生きていらっしゃったんですね」
力を緩めればすぐにでも胸に飛びこんで行きたいのをぐっとこらえるかの様に私は両手を胸
の前で握り締めた。
「執行部のみんな、それから月詠の方々も総代の事をとても心配しておいででした」
「お前は・・・どうなんだ、結」
「はい?」
「お前はどう思っていた」
一瞬言葉に詰まったが私はすぐに平静を取り戻して肩を逸らした。
「もちろん心配しておりました」
「お前は心を閉ざし過ぎる。建前で物を言うな。正直に感情を吐き出せ、結」
「私が嘘をついているとでも?」
彼が私の肩にふわ、と手を置いた。
「違う。執行部とか鎮守人とかそんな立場は抜きにして、俺は一人の人間としてのお前の本
心を聞きたいんだ。俺がいなくなってお前はどう思った?」
「そんな事・・・聞いても」
「お前の口からちゃんと聞きたい。言ってくれ結」
その目がとても真剣で、私はついに封印していた言葉を口にした。その途端抑えていた涙が
溢れ出して止まらなくなった。
「ずっと・・・ずっと信じられませんでした。信じたくなかった。お慕い申しておりましたあなたが
いなくなるなんて・・・嘘だと、絶対に嘘だと何度も自分に言い聞かせました」




夢のようだ。




今こうして綾人様は私の前にいて、以前と変わりなく優しく微笑んでいる。
「あの時私はほんの少しだけ我儘を申したい感情に囚われました。そんな自分が恐ろしくて
怖くて、情けなかった。綾人様のお側にいたい、とただそれだけを考えておりました・・・」
彼の手が動き、私は知らぬ間に胸の中に抱かれていた。
「結・・・可愛い俺の・・・結」
私はもう何だか訳がわからなかった。夢?現実?これはどちらなのだろう?
その温もりを確かめるべく、私はおずおずと両手を背中にそっと回した。
温かい。ごつごつとした、けれど決してつきすぎてはない筋肉が彼の背中を覆っているのが
制服を通してでも分かる。




本当に、夢のようだ。




「結」
名前を呼ばれて、顔を上げると彼は私の髪をそっと撫ぜた。
「お前に会えてよかった」
「綾人・・・さま・・・?」
「ずっとあの戦闘からお前のことが気がかりだったから・・・でもお前の本当の気持ちを聞けて
、そしてお前の笑顔が見られて良かった。もうこれで悔いは無い」


何をおっしゃっているのか、分からない。だって、あなたはこうして戻ってきてくれたのでは無
いのですか?
私の、いいえ、執行部みんなの、いえ、この天照郷みんなの元に、「神子」として再び戻って
きてくれたのではないのですか?


「そ・・・う・・・け?」
「結、出来るはずだ。俺がいなくてもお前なら立派に執行部を仕切ってゆける。何たって俺が
見込んだ女だからな・・・」
彼が消えてゆく。ゆっくりと煙のように、揺らめきながら、消えてゆく。
「待ってください、綾人様!私には・・・私には・・・もう・・・あなたがいない執行部なんて・・・」
「結」
消えかけていた影がまた元の形に戻る。


「俺は・・・いつでもお前の側にいるから。ずっと一緒だから、だから心配するな」
「綾人さまっ・・・」
「愛している、結。次に生まれ変わったらまたお前の笛で舞いたい」
「・・・綾人さま・・・ふふっ、私ならいくらでもお付き合いします」
もうぼんやりとしか残されていない彼の影が近づいて、何かがふっ、と私の唇に重なった・・・
ような気がした。


そして私はまた、白い世界にたった一人、残された。


けれど、心は最初に感じた恐怖や孤独感ではなく、何か体の奥から熱くなる様な充実感に
満ち溢れていた。

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目が覚めたのは夜だった。
しんと静まり返るくらい部屋で私は涙が乾いたしわしわになってしまった原稿用紙を、丸めて
くずかごに捨てた。


さっきのあれは・・・夢・・・だったのだろうか。


会いたいと思う余りに彼が夢の中に出てきたというのだろうか。


・・・いや違う。


『俺は、お前の側にいる』


あの方のくれた言葉を思い出し、胸がぐぐっと熱くなる。


彼は・・・私の中にいるのだ。そう、この胸の中に。
綾人さまの意思を受け継ぐ彼を、補佐していこう。総代代理として、できるだけバックアップを
してゆこう。


それが、以前とは形が違うけれど、今私が出来る唯一の彼への愛情の表現。


私は写真を元の場所に戻し、新しい原稿用紙を取り出した。




「いつの世も・・・あなたと共に参ります・・・綾人さま」




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