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「よく来たな」
「はい・・・明けましておめでとうございます」
外は雪。昨日の夜から降っていたのでかなり積もっているみたいだ。
いつもならこの時期は実家に居る俺だけど。今年帰らなかったのには訳がある。
「明けましておめでとう、伊藤・・・急に無理を言って悪かったな」
「いえ・・・明けましておめでとうございます、篠宮さん」
お辞儀をするとその人は、少し照れたような笑みを浮かべて俺の肩を抱いた。
「廊下は寒かっただろう・・・さぁ、遠慮は要らない。中へ入ってくれ」
「はい」
中に入った途端俺はびっくりして思わずきょろきょろと忙しなく見回してしまった。
実は篠宮さんの部屋に入ったのは今日が初めてだったから。
それに、弓道をやっている篠宮さんの部屋はきっと畳に違いないと踏んでいた俺は、自分と
同じフローリングで、洋風だった事にも少なからずショックを受けていた。
「畳・・・じゃないんですね」
思わずぽろっと出てしまった言葉。失言だったと気づいた俺はすぐさま口を押さえたが時は既
に遅く。
篠宮さんは一瞬きょとんとした顔をした後、噴き出すと。
俺の頭を軽く叩いた。
「意外だったか?」
「は・・・い、いえっ。そんなんじゃっ」
「いい。ここに来た奴は皆同じ事を言う」
「そ・・・うなんですか?」
「ああ」
暖房が効いている室内は廊下との気温差が余りにも激しくて。
急激に暑くなってしまった俺は羽織ってきた上着を脱いで腕に掛けた。するとすかさず。
「ああ・・・暑いか?温度を少し下げた方がいいか?上着を貸せ、伊藤。ハンガーに掛けてお
いてやるから」
「いえ、脱いだから大丈夫です・・・でも別にこれは」
「そのままじゃ皺になる」
じゃあ、と差し出した上着は篠宮さんの手馴れた動作でハンガーに通される。壁のラックにそ
れが掛けられると俺に向き直った篠宮さんはそこに座れと目で合図した。
促されるままに、俺は近くにあった椅子に腰を下ろす。
「腹は減ってないか?昨日キッチンでぜんざいを作って置いたんだが・・・実家から餅も送って
きたんでな。食べるなら用意するぞ」
「ぜんざいって・・・あれですよね粒あんの。俺お汁粉も好きなんですけどぜんざいの方が好き
なんですよ」
「そうか・・・そう喜んでくれると作った甲斐があるな。伊藤の口に合うといいんだが」
餅はいくつだ。
えっと、じゃあ二つで。
なんて会話をした後、篠宮さんは待っていろといって部屋を出て行った。
残された俺は何の気なしに窓を見た。まだ雪は止まない。
外はきっと寒いんだろうなぁ・・・
お正月かぁ・・・
あれ?
突然俺の頭の中にある疑問が生まれた。
お正月。
今日は一月一日。
お正月。元旦。
でもそれだけじゃ無い筈だ。
何か。
そう、何かとても大切な事を忘れているような・・・
「出来たぞ」
いつの間にか。
うーん、うーん、と頭を捻っている内に篠宮さんが朱塗りの御椀を二つ、丸いお盆に乗せて運
んできた。
ことん。
目の前に御椀と、それからお漬物の小皿が横に置かれる。
その瞬間。俺の頭からは綺麗さっぱり考えごとが吹っ飛んでしまった。
「食べるか」
「はい・・・いただきます」
二人同時に両手を合わせて。
俺は割り箸をぱきんと割って御碗の蓋をそうっと開けた。
「わぁ・・・」
見れば大きな栗の甘露煮と、丸いお餅がぽこんと頭を覗かせている。
湯気が立ち上っている御碗にふーふー息を吹きかけながら汁をすすった。
上品な甘さ。実家の砂糖をどばどば入れすぎたようなのも好きなんだけど、こっちは何ていう
か後を引く美味しさだ。一杯じゃ足りない。これなら何杯でもいけそうだ。
「おいしいです!」
「良かった・・・口に合ったようだな」
俺の食べるのをじっと見ていた篠宮さんは漸く安心したようにやっと自分も箸をつけ始める。
「うん、良い出来だ」
「ね。美味しいですね」
「ああ」
そう言って俺の顔を見、満足そうに微笑む篠宮さん。
俺は何でか分からなくて箸を口に咥えたまま首を傾げた。
「いや、こういうのもいいもんだなって思って」
「こういうの?」
「本当は実家に戻ろうと思っていたんだが、柾司が『今年は帰ってくるな』と。あいつももう立
派に実家の手伝いが出来る位元気になったようだ」
「柾司くんが?」
柾司くんというのは篠宮さんの弟だ。
体が弱い彼の手術が成功したと聞いた時は本当に嬉しくて、もらい泣きしてしまった事を思い
出しながら俺は「そうか、そんなに元気になったんだ・・・よかった・・・」と呟いた。
「ああ。『家族とより過ごしたい相手がいるんじゃないのか』ってそう言ってきたよ・・・参った」
「え?」
すっと真剣な顔つきになった篠宮さんに、俺は手に持っていた碗を置いて次の言葉を待つ。
「・・・どうやらすっかりバレているみたいだな。そうだ。俺はお前と一緒に正月を過ごしたか
った」
「・・・・・・」
さっきから気になっていた事が今になってやっと分かった。
お正月という日が篠宮さんにとってはどんな意味を持つのか。
遅すぎる。
何で俺はこんなに大切な事を今まで忘れていたんだろう。
「あの、篠宮さん・・・あの・・・」
「ありがとう、伊藤。こんな俺の我儘に付き合ってくれて・・・」
頭を垂れる篠宮さんを俺は慌てて引き戻す。
「そんな・・・そんな事・・・」
自分の事よりいつも他人のことを優先に考えてしまうこの人だからこそ、面と向かって「誕生
日だから」とは言わなかったんだろう。
なんて優しい人。
そして、なんて不器用な人。
いつもなら嬉しい笑顔が胸に突き刺さる。
だんだん、だんだん、悲しくなって。
俺は泣いてしまった。
「おい・・・伊藤・・・どうした?」
「ひっ・・・」
「何か俺は酷い事を言ってしまったのか?だとしたらごめん。謝る。だから顔を上げてくれ」
違う。
「ちが・・・篠宮さんは悪くない・・・ですっ・・・」
俺は首を振った。
篠宮さんは何も悪くない。
悪いのは、俺だ。
大好きな人の誕生日も覚えていなかったなんて俺は本当になんて馬鹿なんだろう。
今更になって悔やんでも仕方の無い事だが。それでも。
情けなくてどうしようも無くて、後から後から涙が出てきて止まらない。
抑えきれない雫は、頬を伝ってテーブルへと落ちた。
すると、するりと長い指がそっと俺の頬を撫でてきて。俺はびっくりして顔を上げる。
「もう泣くな」
いつの間にか横に来ていた篠宮さんが俺の頭を胸にかき抱く。
「うっ・・・だ・・・って・・・」
「俺はお前が側にいてくれるだけでいい。それこそが何よりも嬉しいんだ」
「・・・でも・・・」
俺はプレゼントも何も用意してない。何も、あげられない。
それを言うと篠宮さんは心配ない、と言って笑った。
「今言ったばかりだろう、俺はお前が側に居てくれて、こうして二人でいられるこの時間が嬉
しんだと。それの他にどんな素晴らしいプレゼントがあるっていうんだ?」
「しの・・・」
顔の輪郭に触れる指の温かさが切ない位に胸を締め付ける。
「もっとお前に触れていたいんだ・・・キスを・・・してもいいか。啓太」
・・・いちいち聞くのもいかにも篠宮さんらしくて。
「・・・はい」
硬い胸板に顔を埋め、少しばかり笑いを堪えた後で。俺は小さく頷いて顔を上げた。
窓は結露が凄くてもう外が見えない。
だけどきっと雪は止んでいるだろう。
明日は朝まず雪かきをしよう。それから外でデートするんだ、今日のお詫びも込めて。
初詣がいい。この辺で一番近い神社は結構ご利益あるって有名みたいだし。
願いごとはもう決まっている。
俺、まだまだですけど篠宮さんにふさわしい恋人になれるように今年も一生懸命努力します。
だから来年も、再来年も、その先も。ずっとずうっと篠宮さんと一緒に居られますように。
ってね。
・・・叶うかな。
叶って欲しいな。
そうして。
篠宮さんの願い事も俺と同じだったら・・・もっと、嬉しい。
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