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ある晴れた土曜日の午後だ。
俺と篠宮さんは学園島からバスで15分程揺られて、デパートの紳士服売り場の階にいた。
もちろんそのデパートというのは鈴菱グループ系列で、食料品から衣服、電化製品。書籍、
おもちゃ、家具に至るまで何でもござれという品揃えの良さで有名だ。
この間の日曜日は洋服を買いに行った帰りに寄った食料品売り場で七条さんに会ったっけ。
「お茶菓子を探しにきたんです」
付き合ってくれませんかという言葉につい頷いてしまった俺は七条さんと一緒にお菓子を選ん
だ。
そうして翌日にはちゃっかり会計室に伺い、お菓子のお相伴に預かっていたのである。
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口一杯にクッキーを頬張る俺を見た西園寺さんには「お前は食べに来たのか手伝いに来たの
かどっちだ」なんて辛辣っぽい嫌味も言われてしまったけれど、後で七条さんがこそっと教えて
くれた。
「ああ言ってますが郁は最近伊藤くんがなかなか来ないので淋しがっていたんですよ。この
間のも『啓太が喜びそうなものを買って来い』というお達しで行かされたようなものでしてね。
丁度君があの場にいてくれてよかったですよ」
「・・・え、そうだったんですか?」
びっくりしながらも口の中がもがもがしてきたので俺は水分を取ろうと七条さんがどうぞ、と勧
めてくれたハーブティーを一気に飲み干してしまった。
「そんな、言ってくれれば俺いつでも行くのに・・・」
御馳走様でした、と手を合わせるとくすりと笑われて。
「でも、そうも行かないでしょう?今、君を必要としている人は他にいますよね」
「あ・・・」
脳裏に浮かんだのは篠宮さんの姿だった。
「余り感情を大きくひけらかさない人ですからね、分かりにくいでしょうが・・・こちらばかり優先
させるのもどうかと思いますよ。噂によると最近は練習中ぼうっとしていたりする時があるの
だとか」
「え・・・?」
俺は驚きながらも心のどこかでやっぱりな、と呟いていた。
確かに俺も近頃篠宮さん元気が無いなと思っていたのだ。
俺と一緒にいる時でも溜息をつく数が増えた。特に酷いのはカレンダーを見つめている時だ。
部室にお邪魔した時にもそれは良く分かった。素人の俺が見ても確実に的への命中率が下
がっているのだ。
「俺もずっと気になっていたんですが・・・聞いても全然答えてくれないんです」
すると。
それまで黙々とお茶を飲んでいた西園寺さんが徐にカップから口を離すとぼそりと呟いた。
「お前だからだろう」
「は?」
「相手がお前だから答えてくれないんじゃないのか、啓太」
「まぁ、そうでしょうね」
二人は視線を通わせると、くすくすと笑う。
俺は何が何だかわからない。何だかのけ者にされたみたいで複雑な気持ちで彼らを見つめ
ているとそれに気がついた七条さんが軽くウインクを寄越した。
「そんなに気になるならもう一度聞いてみることです。しつこく食い下がればきっと答えてくれ
ますよ。かなり押しに弱いタイプみたいですからね」
「はぁ・・・」
で、結局お手伝いらしいお手伝いもせず、その上おみやげにと貰ってしまったクッキーの入っ
た袋を胸に抱えながら、俺はその日何処にもよらず真っ直ぐに寮に戻った。
そうして自室で篠宮さんが帰ってくるのをじっと待った。点呼の時にでももう一度聞いてみよう
とそう思ったからだった。
だが・・・その晩点呼で来た篠宮さんは俺の存在を確認するとそそくさと部屋から去っていっ
てしまって。
原因を聞けぬまま悶々としながらも一週間ほど経った頃。やっと当人からお誘いが来た。
「今週の土曜日空いているか?」
もちろん俺の返事はOK、だった。
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「伊藤は・・・ここにはよく来るのか?」
で現在に至る。
俺と篠宮さんは並んで歩いている。俺は普通の速度で、篠宮さんは普段よりも少し遅い速度
で。
「あ、はい。大抵の用事はここで事足りるのでかなりの頻度で使いますね」
「そうか」
見上げると篠宮さんは笑っていた。この人はいつもこういう顔をしていたらもっともてるのにな
なんてことをちょっとだけ思った。男子校で「もてる」も何も無いもんだけど。
でもいつも険しい表情をしているからこそこういう時の表情がたまらなく嬉しいんだとも思う。
(何考えてるんだ俺・・・見蕩れてる場合じゃないのに)
ぶんぶんと首を振って。
俺が「あの篠宮さん・・・」と声を掛けるのと、篠宮さんの言葉が重なった。
「着いた・・・ここだ」
嬉しそうな声に視線を巡らせる。
でかでかと掲げられた看板。
そこには「浴衣コーナー」と書かれていた。
「ふぃー・・・」
数時間後に俺たちがいたのは寮の篠宮さんの部屋で。
バスに乗っている時に急に降ってきた雨には驚いたけれど篠宮さんが用意のいい人で助か
った。
頭を押さえて走る人たちを横目に相合傘で帰ってきた俺たちは軽く腕が濡れる程度で済んで
いたのだから。
「ほら、これで拭け」
渡された真っ白なタオルは柔らかく仄かに石鹸の香りがした。ついでに汗ばんでいる部分も
拭いた。
そうして拭き終えたタオルをどうしようと何となく手に持っていると篠宮さんがもういいかと手を
差し伸べてきたから、俺は素直にそれを渡した。
「その・・・さっきの話だが・・・」
ランドリーボックスにタオルを入れながら篠宮さんは俺の方を見ないまま呟く。
まるで独り言をいっているかのように。
「あ、花火大会って・・・」
篠宮さんが俺を誘ったのは浴衣を一緒に買いに行きたかったからで、何日か前にはあのデ
パートに下見に行っていたのだという。
俺は浴衣なんて幼稚園の時以来着た事が無かったし、詳しくも知らなかったから篠宮さんに
一任して気がついてみれば一式を選んでもらった上にそれら全てをプレゼントされてしまった
訳で。
「来週末なんだ・・・ぎりぎりまで言わなかったのは悪かったが・・・その・・・出来れば俺と一緒
に行ってくれないか」
花火大会があるんだ、と知らされたのは浴衣をプレゼントされた後だった。
順序が逆だとかそんなことがどうでもよくなったのは、そう言った時の篠宮さんの表情にいつ
もの落ち着いた色が無く、耳どころか首の付け根まで真っ赤だったからだろう。
「もしかして、最近篠宮さんが元気なかったのって・・・」
俺はそこで漸く今までの言動の不可思議さの原因を知ることとなる。
「もしかしたら他の奴も誘ってるんじゃないかと思って・・・先日は、し・・・七条、とかと一緒に
いるのも見かけたし」
「あれは・・・」
『お前だからだろう』
勘のいいあの人たちはその噂を聞いた時からきっと気がついていたのだろう。
七条さんなんてもしかしたらデパートで会った時、篠宮さんがその場にいたことに気がついて
いたのじゃないだろうか。何だかやけにスキンシップが激しかったような気もするし。
「はぁ・・・」
思わず溜息を漏らすと篠宮さんの体がぴく、と動いた。
「や・・・やっぱり、嫌だったか?」
「・・・・・・」
可愛い。
年上の人にこんな表現は物凄く失礼かも知れないし、変かとも思うけど。
でも今の心境はこの表現以外に考えられなかった。
俺はううん、と首を振って篠宮さんに抱きついた。まさかそう来るとは思っていなかったのだろ
う、篠宮さんはバランスを失い俺が覆い被さるような形で床に倒れた。
一瞬だったが視線の端に何か白いものがよぎったような気がして俺は窓の方を見る。
雨はまだ降っていて止む様子を見せない。それはどうでもいい。俺が目を止めたのはカーテン
レールに掛かっていた、昔自分も遠足の前の日に作った事のある、それだ。
「あ・・・」
篠宮さんは視線を感じたようでとても慌てたらしく長い腕を忙しなく動かして遮ろうとしたが今
更だった、もう遅い。
だって俺は見てしまった。
「ずっと雨の日が続いていたからどうしても晴れて欲しくて、いや、何だかこういうのに頼るの
のはどうかと思ったんだが、何事も信じることが大事だと・・・」
「・・・・・・」
「伊藤?」
ああ駄目だ。俺、好きすぎて変になりそうです、神様。もう止まりません。
「篠宮さん・・・」
「伊藤?お前の目、何か変に潤んでないか・・・」
「気のせいです」
「気のせいですってお前・・・わっ!ちょっと何でボタンを外してるんだ!待て!ベルトにまで
手を掛けるな、こらっ!」
(なんちゃらかんちゃらありまして約2時間後)
「花火大会まで後7日かぁ・・・待ち遠しいな」
楽しみですね、と逞しい腕に頭を摺り寄せると篠宮さんは、ああ俺もだ、と言って笑った。
雨は上がっていた。来週もきっと晴れるだろう。
篠宮さんお手製の「あれ」も効力が抜群にあるだろうし、何たって俺自身が強力な「晴れ男」
なのだから。
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