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煩すぎず、適度な大きさで耳に流れ込んでくる生オーケストラの演奏。
啓太はナプキンを口に運び、唇についているソースをそっと拭い去ると目の前で塊相手に四
苦八苦している俊介に小声で話し掛けた。
「俊介・・・大丈夫か。切ってやろうか」
「結構や。こんくらい、自分で出、来、る、わっ!」
語尾が妙に力が篭もっていたのは正に俊介が懇親の力で肉を切りつけようとしたからだ。
だが健闘空しく、やっとのことで切り分けた破片は空を飛び、見事な弧を描いてぽとりと床に
落ちた。
「あ・・・」
呆然とそれを見つめる俊介と頭を抱え込んだ啓太。
「あ、あははは・・・やってもうた」
「『あはは』じゃないよ・・・もう」
素早くそれを拾い上げてナプキンに包む。こんな感じで大丈夫なのかな、と思ったら自然と溜
息が漏れた。
(やっぱり店の選択間違っちゃったかなぁ・・・)
当日、彼を驚かそうと思って和希の伝で、高級フレンチレストランの予約を入れた啓太。
そこまでは良かったけれど。
いざ。
「テーブルマナー?」
出来るかと訊ねた時の俊介のきょとんとした顔。
「そんなもん何とかなるやろ」
「知らないのか?」
「知らんでも生きていけるし」
しれっと答える俊介に啓太は慌てた。まあ自分だって人のことをとやかく言えるほど詳しく知っ
ている訳ではなかったのだが、それでもこの回答からして何とか当日までには教え込まねば
と思った彼は厳しい顔で俊介に向き直る。
「特訓するからな、俊介」
「はぁ?」
鼻息荒く意思を固める啓太に対し、首を傾げ何が何やらな俊介は何だか状況がよく理解でき
ないままとりあえず頷いた。
かくして「滝俊介テーブルマナー特訓」はこうして始まったのであった。
どんなに足掻いたって止められない時間。当日がついにやってきた。
基本的な知識だけ教えてあげた啓太。だがそもそもこういう場自体が苦手らしい彼はすっか
り雰囲気に呑まれてしまっていて。マナーなどという言葉は頭から綺麗さっぱり、吹き飛んで
しまったようだった。
マの字も、減った暮れもない。
啓太はただそれを黙って見ているしかなかった。
「むぐ・・・啓太」
切り分けるのは諦めたのかそのまま固まりにかぶりついた俊介が口いっぱいに頬張ったまま
啓太に縋るような視線を投げつつどんどんと胸を叩く。
「何、俊介」
「み・・・水」
見れば彼のグラスには既に水が無い。啓太は自分のそれを苦笑いで差し出した。
「ほら」
「ん」
まぁ。
でも、これは。
これでいいか。
何だかんだいっても美味しそうに食べているしな。
水を飲んで落ち着いたのか。再びナイフを手にとり食べる事に夢中になってこちらを見向きも
しない彼。その事にほんの少し救われた気分になる啓太であった。
デザート、もうお持ち致しますか、と遠慮がちに聞いたウエイターにお願いしますと頭を下げて
前を見れば5杯目の水を飲み干した俊介がどうしたというような顔で見つめている。
「デザートだよ。入る?」
「おう、あったり前や。まだまだ余裕で入るでーっ!」
「俊介、声大きい」
周りを見渡し自分達に視線が注がれている事に顔を赤らめる啓太とは裏腹に、俊介はスプー
ンとフォークを両手に持ち、まるで餌を待つ子犬のように目を輝かせ料理が運ばれてくる方向
をじっと見ている。
その様子に啓太は一人、満足げな表情を浮かべた。
実はそこには仕掛けがある。
通常のコースなら3種のベリーを使ったタルトが出てくるのだが、彼らは違う。
デザートはワンホールのバースデーケーキ。誕生日の人には店から音楽のプレゼントがある
事。
お祭り好きな俊介ならきっと喜んでくれるだろうと思って啓太が予約の時に一緒にお願いして
おいたのだ。
「まだかなぁ」
そんなことは露知らず。
無邪気にな?と同意を求める俊介に啓太はこの後見られる満面の笑顔を想像し、黙って頷き
返した。
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