捉える


【9】


「中嶋さん・・・ごめんなさい。俺は・・・俺はやっぱり和希が好きなんです・・・」
「啓太・・・」
瞬間中嶋の手が緩んだその隙に、啓太は涙でぐしゃぐしゃになった彼の顔をそっと胸に引き
込む。与えられた温もりに、遠藤は信じられないというように目を見開いた。
啓太はそのままの体勢で鼻を癖のあまり強くない彼の髪に埋めて、低く囁く。
「和希・・・俺、和希が男の人と抱き合ってたの・・・見たんだ」
「うん」
「びっくりした・・・と同時に・・・ショックだった」
「・・・うん」
幼い子供のように従順に、遠藤はただひたすらに頷きつづける。
「俺・・・和希が心変わりしたんじゃないかって・・・そう思ったら・・・凄く悲しかった」
「ごめん・・・」
何度もごめんと呟く遠藤の頬を流れつづける涙を啓太がハンカチで拭いてやっているその横
で不愉快そうに息を吐いた中嶋は「勝手にしろ」と捨て台詞を残し、去って行った。
その後姿を見送りながら啓太は心の中で何度もごめんなさい、と謝った。


あの事件のあった後、僅かな期間ではあったけれど俺は確かにあの人に心惹かれていた。
決してその感情は錯覚などではなかったと思う。


だけど。


だけどどうしても忘れる事なんて出来なかった。


病室でも隣のベッドを見ながら啓太はずっと遠藤の事を考えていた。
笑顔がどこか似ていた彼に遠藤を重ねて見ていたのだ。
・・・腕の中の本物の彼は啓太よりも年上なのにこんなにぼろぼろに窶れ、縋っている。
それは何よりも自分の事を変わらず愛してくれていたという確たる証拠だ。
こんなにもう一時だって忘れる事など出来ない彼を、どうして今更。
突き放す事なんてできるだろう。
「心変わりなんて・・・ある筈がない。俺はずっと啓太の側にいるって決めていたんだから・・・
だけど今回は余りに突然でパニくって、お前の反応が怖くて。弁解する事すら出来なかった。
本当に・・・俺は意気地なしだ」
何度謝っても足りないと顔を上げない遠藤に啓太はもういいよ、と首を振る。
「俺だけだって・・・何があっても俺だけだって・・・その一言だけで良かったんだ・・・それだけ
で・・・」
言いながら、啓太は自分も感極まったのか泣き出してしまう。
「和希・・・好き、大好き・・・だから何処にも行かないで。もう俺を・・・一人になんかしないで」
「けい・・・」
目尻を赤く染めた二人は今までの空白を埋めるようにきつく、きつく抱き合った。
「ごめんな・・・例え何があったって・・・俺はお前から離れちゃいけなかったのに・・・もう何が
あったって何処にも行かない。お前の側にいるから・・・」
「うん・・・うんっ・・・」
「・・・ねぇ、啓太」
「・・・何?」


耳元で囁かれる愛の言葉。
長い事待ちわびていたそれは、余りにも甘くてそして切なくて。


嬉し過ぎて、嬉し過ぎて・・・きゅうっと胸が痛くなる。




「・・・ばか和希」




漸く引いた筈だったのに。再びぽろり、ぽろりと大粒の涙を零し始めた啓太は自分を包み込む
その温もりに心の底から安堵して。目の前の白いシャツを透明な雫で濡らしていった。


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「分かっては・・・いたんだがな」


立ち去る事が出来ず振り返ったレンズ越しの視界で抱き合う二人の姿を捉えた中嶋は誰にも
気づかれない位の僅かに上擦った声で呟くと、唇を真一文字に結んで鼻から大きく息を吐き
出した。


「俺らしくもない」


弱いが陽射しのあった室外から校舎へと足を踏み入れると急に目が眩みぐらりと体がふら付
く。
いつになく空虚な気持ちで学生会室のドアを開ければ、センチメンタルなんて言葉とは無関
係な男が彼を出迎えてくれた。

「おっ、やっとお帰りだな。折角気が向いたんで来てやったってのに随分と遅かったじゃねぇ
か・・・トイレか?」
「相変わらず下品だな、お前は。それに何だ『来てやった』ってのは。いつからそんなに偉くな
ったんだ」
「おいおい・・・俺は曲がりなりにも『王様』と呼ばれる身だぜ?前から言おうと思ってたんだけ
どよ・・・お前にはこう・・・敬うとかいう気持ちは無い訳?」
「生憎だがお前に対してそんなものは爪の垢ほども持ち合わせていない」
「ちえっ」
口を尖らす丹羽を一瞥した後中嶋はPCの前の椅子に腰を下ろす。
「ヒデ」
「何だ」
「仕事くれ」
思わず苦笑が漏れた。
「・・・言われなくとも。これだけじゃないぞ、向こうにもある。今日だけでは到底終わらないだ
ろうからな。明日も来なければ更に溜まって行く一方だ」
「げっ!」
「逃げようったってそうは行かないからな」
「マジかよ・・・」
どさりと置かれたファイルの山にひくつき歪む顔を横目で見つつ、ふふんと鼻で笑う中嶋。
さっきまでの憂えた表情は何処へやら。
まるで何事も無かったように、彼は通常モードの「彼」に戻っていた。


[完]


<コメント>

やっとこさ完結しました(汗)
もう皆が皆どうしようもなくぐずぐずしていてアレでしたが、和希はこれでもう絶対に啓
太を泣かすなんて事は絶対にしないだろうと思います(きっぱり)因みにナカジマンが
失恋して落ち込むなんて図は小生、想像も出来ません。立ち直り早そうです。でもって
諦めない(え
随分と引っ張ってしまいましたが、ここまで読んで下さった皆様、本当に有難うござい
ましたv



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