捉える


【3】
〜和希side〜

自分の目の前に広がる光景が信じられなくて、俺は2・3回ほど瞬きをした。
何故中嶋が啓太を抱き締めているんだ。そして何故啓太は抵抗していないんだ?
こちらに背を向けた啓太の表情は分からない。だが、しな垂れかかっているその様子から俺
は落ち込んでいる様に見えた。
変な熱が体の奥底から込み上げてきて、その不快さに思わず口を押さえる。
けれど二人から目を離す事は出来ない。険しい表情のまま中嶋を睨みつけていると不意に目
が合った。
対象となった彼は、唇の端をゆがめてにやりと笑う。冷たい笑み。
そしてそのまま啓太の髪に顔を埋めてみせる。
俺の中で燻っていた小さい炎は一気に業火へとその姿を変える。悔しくてぎりりと唇を噛みし
しめると僅かに口の中に鉄の味が広がっていった。
黙っていられなくなって一歩、二人の方へと足を踏み出す。が。
その時、中嶋の唇が僅かに動いた。何かを言っているようだ。


(う・せ・ろ)


冷静な判断を失わせるには十分な三文字だった。彼から直ぐに次の言葉を聞かなかったら俺
は恐らく一もニもなく掴みかかっていただろう。


(泣かせたのはお前だ)


後頭部をガツンと殴られたような鈍い痛みが突き抜けた。
見ていた。
見ていたのだ、啓太は。
確かに、あれは俺も迂闊だったかも知れない。まさか普段おとなしいと思っていた彼が突然あ
んな行動に出るとは思わなかったから。
「好きです」
と告白をしてきた彼の事を俺は前から知っていた。
啓太の入学前。気づけば目で追ったこともあったぐらいに面差しや行動が良く似た男だった。
だが本人の入学がめでたく決まり、漸くその啓太と思いが通じ合ってから俺はそんな人物が
いたことすら忘れてしまうほどのめりこんでいたから、突然の呼び出しにも何の疑問もなくひょ
こひょことついていったのだった。
「悪いけど、俺今大事な人がいるから。その人以外は考えられないんだ、ごめんな」
そう告げると案の定彼はぽろぽろと泣き出し俺はちくちくと胸を刺す罪悪感と戦いながら一刻
も早くその場から立ち去りたくてうずうずしていた。
だから「じゃあ・・・最後に・・・思い出を下さいっ」って軽く唇が重なった時には頭の中が真っ白
になっていた。
その位突然の出来事だったのだ。
しかしひどく短い時間だったし、まさか人が見ているなんて事は露ほども考えなかった。
それもよりによって啓太に見られていただなんて。弁解の仕様も無い。
断ったのは事実だが、不本意とはいえキスをしてしまったのも事実だ。
今何を言っても彼には聞き入れてもらえないだろう。
ずっと守ってやるって約束したのに。
泣かせないって。
それらの言葉を全て覆すようなことを俺はやってしまった。
一歩、また一歩。
ふらつく足元で後ずさり、二人に背を向け俺は距離を離してゆく。
校舎に入るところでもう一度だけ振り返ると彼らはまだ抱き合っていた。
ぼんやりと見ていると啓太がずるずると芝生の上にへたり込んで、中嶋がそれに合わせるよ
うに腰を下ろし。そして二人は。
次第に歪んでゆく視界の中で、口づけを交わしていた。


気が付けば早足で理事長室に向かっていた。ドアを蹴破り、投げ出すように椅子に腰を下ろ
し鏡を見た俺はそこで、初めて自分が泣いていることに気がついたのだった。



あの日以来俺は、理事長職一本に絞り、仕事に専念した。
忙しい間は余計な事を考えないですむから。
それでも瞳を瞑ると啓太の泣き顔が浮かび、睡眠不足と日々蓄積されてゆくストレスとで体
は確実にボロボロになっていった。
寮には帰らず、学園に寝泊りする日々が続いた。着替えなど必要な物があれば秘書に持っ
てきてもらった。
啓太に面と向かって謝る勇気が今の自分には無かった。そして期間をあければあけるほど、
余計に謝り辛くなる事も知っていて俺は啓太やその他彼に深く関連する全ての人間からの
接触を絶とうとしていたのだった。




そう、それがどんなに深い傷を与えるかなんて知りもしないで。

[つづく]



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