あの人は誰だろう。
茂みの中から様子を伺う啓太が、目の前で繰り広げられている光景を不安そうな眼差しで見
つめていた。
身長はほぼ和希と同じ位。髪は自分より僅かに短い。綺麗に切り揃えた黒い髪が笑う度にさ
らりと靡く。
会話までは聞こえないものの、時折楽しそうに笑う二人がやけに不快だった。
本当ならすぐにでも飛び出して割って入りたい気持ちを彼はどうにか押し込める。
なけなしのプライドが理性を取り戻させたのだ。
「女の子じゃあるまいし、こんな嫉妬なんてみっともないよな」
それに別に浮気とか、じゃ、多分・・・多分無いはずだし。
狭い場所に腹這いという無理な姿勢をずっと取っていた所為か、体中のあちこちが痛い。
音を立てないように、ゆっくりと上半身を茂みから抜き出している途中で、背後から聞き覚え
がある声が届いた。
「何をしてる?啓太」
「うっ」
わぁぁっと声を上げそうになった啓太が慌てて自分で自分の口を押さえた。
「・・・中嶋・・・さん」
陽に透けて余計に青く見える髪をうざったそうにかき上げた彼は書類を持つ方とは反対の手
で啓太の頭に触ろうとする。
「・・・ぃ・・・やですっ・・・中嶋さん・・・」
「何を期待しているんだ。ほら、お前の頭葉がついているぞ。取ってやるからそのまま動くな」
にやりと笑いながら中嶋がぼさぼさになった啓太の髪から落葉を取り除いてゆく。
咄嗟とはいえ自分が淫らな想像をしてしまったことについて啓太は激しく後悔した。
「ほら、もういいぞ」
「すみません・・・あの、ありがとうございます・・・」
恥ずかしくて顔を上げられない啓太が俯いたまま、礼を述べる。すると、「ふん」と強目の鼻息
を放った中嶋が気に食わんといった風に顎を掴み強制的に自分の方へ顔を向けさせた。
「礼を言う時ぐらいは相手の目を見たらどうだ。そんなんじゃ誠意は伝わらんぞ」
何もかも見透かされているような強い視線の前に、動けなくなる。
「す・・・すみません・・・・・・っ!」
怯えながら謝り、やがて見られていないだろうかと先ほど二人のいた方向に目を向けた彼は
愕然とする。
二人の影が重なっていた。
時間にしてコンマ数秒と言ったところだが、啓太にはそれが何分もの、何時間もの長いものに
思えた。
「ほう、覗きか。良い趣味だな。お前何処でそんな下らない事を覚えた?」
いつもなら食って掛かる彼の声も耳に届かず、啓太はその場に立ち竦み、そして泣き出した。
何で?何で?何で?
どうして和希・・・。
呟く言葉は声にならずに嗚咽に変わる。
上げたくないのに漏れてしまう声はどうやったって抑えられない。それを冷ややかに見ていた
中嶋は黙ったまま、啓太の頭を自分の胸に押し付けるようにかき抱いた。
「しばらくこうしていろ」
「・・・っ」
ざわざわと音を立てて風が吹き始めた。
啓太は思った以上に温かい体温にびっくりしつつ、彼の優しさに甘えるようにひたすら泣きじゃ
くった。
中嶋はふと、遠くの方で自分達を見ている鋭い視線を感じ全身でそれを捉える。
いつの間に別れたのだろう、啓太を泣かせた張本人が飛び掛りそうなほど殺意を秘めた目で
自分を睨んでいた。
上等だ。
触ったら切れそうな、鋭利な刃物のような笑みを口元に浮かび上がらせて、中嶋は和希を睨
み返した。
・・・お前がぼやぼやしているから、悪い。付け入る隙をまんまと与えてくれたお前が。
欲しいものは奪うだけだ。
邪魔するものならやってみろ。
必死にしがみ付く存在の愛おしさは言い様のない優越感を彼に与える。例えその理由が自分
では無いにしてもそんなものは関係ない。今この腕の中にある温もりが重要なのだから。
眼鏡の奥の瞳が静かに炎を揺らめかせていた。
[つづく]
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