「大変だ、啓太が!!」
安穏としたベルリバティースクールに突如、悲鳴にも似た男の声が響き渡る。
「何だって、啓太が、どうしたっ!!」
「ふん、騒がしいな」
学生会室から、長身の二人が顔を出す。一人は心配そうに、もう一人は至極不愉快だ、という表情
を満面に押し出して。
「何や、エライ騒がしいけど何かあったんか?」
「僕のハニーがどうしたって言うんだい、遠藤」
よほど彼の声は注目を引いたのか、滝や成瀬まで飛んできた。
「うるさいぞ。廊下では静かにしろと言ってあるだろう」
「啓太が・・・どうか・・・したのか?」
しばらくして現れたのは、弓道部部長と美術部部長。また、無理をしたのだろう。岩井の顔色はどこ
か冴えない。その彼の体を抱えるようにして立っている篠宮が、ショックの余り床にへたり込んでい
る彼を叱咤した。
「いつまでもそんな所に座っていてもギャラリーが増えてしまうだけだ。遠藤、聞いてやるからどこか
落ち着ける場所に移動しよう。話はそれからだ」
「・・・は・・・い」
よろよろ、と立ち上がった和希は大きく一つ深呼吸をして、パンパンと尻についた埃を叩き落した。
けれど何処へ行ったら良いのだろう?昼休みの今じゃどこに行っても人が居るような気がする・・・。
「・・・そうだ。学生会室は、駄目ですか?」
その言葉を受けた中嶋の眼鏡の奥の瞳はすぅ、と細められ、隣の丹羽はバツが悪そうに頭を掻く。
「いや、あのよ。今・・・ちょっと昔の書類とかの整理をしている最中でな。部屋ん中紙の山だらけに
なってんだ。一人か二人位なら平気だが、それ以上になると雪崩が起きそうな感じになっちまって」
「お前の度重なる怠慢がこんな事態を生んだんだぜ、哲っちゃん。日頃から少しづつ片づけておけば
ここまで大事にはならなかったんだからな」
「うっせぇなあ、ヒデ。わかってるよそんなこたぁ。大体お前だって悪いんだぞ。少しは手伝ってくれた
っていいだろうが」
「お前が蒔いた種だろ。何でこの俺が尻拭いをしなきゃならんのだ」
・・・こりゃ駄目だ。
ぎゃんぎゃんと軽い口喧嘩を始めた二人を横目に和希は学生会室を諦め、何処に行けば腰を据えて
話が出来るだろうかと思案していた。
すると。
「どうしました、皆さんお揃いで。珍しいですね、何かあるんですか?」
小脇に愛用のノートパソコンを手に持った七条が、ゆったりとした足取りで近づいてきた。
その顔に浮かべられたのはびったりと張り付いたような、仮面のような笑み。
「会計部の犬が何の用だ」
罵り合いをストップし、いつもの如く突っかかる中嶋。
「用なんてありませんよ、中嶋副会長。それよりいいんですか?ちゃんと会長を手伝ってあげないとあ
なたまで紙の渦に飲み込まれますよ。もっともあなたがどうなろうと僕には知ったこっちゃありません
が」
「ほう、言うようになったじゃないか」
どす黒いオーラに満ち満ちた二人の背後に、ふとアスモデウスとヨハネの幻覚が見えた気がして、
和希はしばしば、と瞬きをした。
ともあれ、この二人を放っておいては学園の為にも教育上よろしくない。
「あの、七条さん。啓太が大変なんです!ちょっと大っぴらにできない話なんで、会計室をお借りでき
ませんか?もちろん七条さんにも女王様にも経緯をお話しますから」
「何ですって、伊藤くんが?・・・それは一大事ですね。分かりました、それでは行きましょうか。皆さん
は心配しないでついてきて下さい。うちは乱雑な何処かと違っていつも整理整頓してますし何人来よ
うと大丈夫ですよ」
チクリと嫌味も忘れないのが七条の恐ろしいところだ。同族嫌悪もここまで来ると壮絶すぎて、並みの
人間には理解できない。
・・・この人達と上手く付き合えている啓太って、本当に偉いな。
改めて啓太の凄さを身に染みて感じた彼だった。
だからこそ、俺が何とかしてやらないと。和希は新たな決意を胸に秘め、総勢6名が会計室へと向か
った。
「臣、これは何だ」
アップルティーを優雅に嗜んでいた西園寺が、至福の時を邪魔された不愉快さに顔をしかめながら、
重い口を漸く開いた。
「郁、これには色々と事情があるのですよ」
・・・よりにもよってアイツまでいるではないか。
「よぅ、郁ちゃん」
「何でお前がいる、丹羽。予算の件ならもう先日片付いている筈だが」
「あー、つれないなぁ。用が無ければ俺は郁ちゃんに会いに来ちゃいけないっていうのか?」
「当たり前だ」
つんと、顔を背けてカップをソーサーに置いた西園寺の視線が、ずらっと揃った面々を一巡する。
「それで?お前達がここに集まった理由というのは一体何なんだ」
ぼぉっと丹羽と西園寺のやり取りを見つめていた和希が慌てて、一歩前に出て説明を始めた。
「あ、えっと俺です。俺の上げてしまった声が余りにも大きかった所為でこんなに沢山の人を巻き込
んだ結果になってしまって、本当にごめんなさい。最初に謝ります」
ペコ、っと頭を深く垂れて謝罪の言葉を述べる和希に少し機嫌を直した西園寺が、先程よりは柔らか
かな口調で問いかけた。
「遠藤、分かった。もう良い。それで肝心の問題というのは何だ」
「実は・・・啓太のことなんです」
「啓太の?」
西園寺の眉間に、再び深い皺が刻まれる。可愛い大事な啓太の一大事は彼にとっても死活問題だ。
「啓太がどうした」
「今実は・・・眠ってしまってます」
・・・はぁ?
説明する本人以外の恐らくその場に居た全員がそう思ったに違いない。
滝などはもう興味が完全に失せたようで「ほな、俺帰るわ。デリバリーの途中なんや」と、早々に会
計室を出て行ってしまった。残るは6人。
「眠ってるって・・・それがハニーとどう問題があるっていうの?」
成瀬が不思議そうに和希に訊ねた。
「それが大アリなんですよ、成瀬さん。啓太の眠ってる原因っていうのが海野先生の作った薬なん
です」
「何だって、またやらかしたのかあの人は・・・っ!」
先日入れ替り騒動であれだけ学園内を掻き回してくれた張本人が、舌の根も乾かぬうちに・・・。
意中の相手に入れ替ることが出来た七条を除く残りの面々は、皆忌まわしい記憶を脳裏に浮かべ、
思い思いに拒絶を示す反応をした。
「もう、あの話は・・・思い出したくもない。それで?遠藤。もう少し詳しく話をしてくれ」
篠宮が頭を抱えながら言った。
[つづく]
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