SWEAR



 バスから降りて大きく深呼吸する。
 すうーっ。はあぁー。
 啓太を出迎えてくれたのは茜色の空。思いの他時間が掛かってしまったな、と感じる。
 何日か前から授業が終わった後、ちょこちょこと下見には行っていたのにいざ買うとなるとや
っぱり躊躇って、とうとう当日までそれを引き摺ってしまった。
 だって、大好きな人へあげるプレゼントなのだ。悩まない方が可笑しい。
「喜んでくれるかな・・・」
 以前何の気無しに「何か欲しいものとかありますか?」とか聞いた時、あの人はただ首を横
に振るだけだった。
「いいえ」
 ナニモ。
 以上、ここでその話題は終了。
 本人からヒントが貰えないのならば周りに聞くしかないだろう。
 一番近しい人物といったらやっぱり女王様だろうと、ご機嫌にアフタヌーンティーを愉しんで
いた彼に何をあげたら良いかを聞くと眉を顰め「知らん」の一点張り。
「すぐ人に聞くのではなく自分で考えてみろ、啓太」
「あ・・・す、すみませんっ、俺っ・・・」
 何の努力もしないで答えを出そうとするなんて俺って馬鹿だなと反省した啓太は彼に慌てて
詫びる。
「けどな」
 軽いウィンクを投げいたずらっ子のような笑顔を浮かべた西園寺は楽しそうに言った。
「案外そんなに悩むものでもないかも知れないぞ」
と。




 けれど、どんなに考えても分からず。
 で、悩みに悩んだ挙句に選んだものが今啓太が手に持っている袋の中に入っている。
(結局七条さんが、というより俺が貰うと嬉しい物になっちゃったけど・・・もう一か八かだ!)
 啓太は自分自身を励ますように小さく頭を振ると、夕陽に照らされた寮への道を大股で踏み
出したのだった。




 直接彼の元へは行かず、一旦自分の部屋に戻ろうと階段を上がり廊下を曲がった時だ。
奥の方に何やら黒い影が見える。それはじっと動かずまるで岩のようだ。
「誰かの荷物かな?」
 啓太が止まりかけた歩みを再開するとその物体はのそり、と動きだす。
「ひっ!」
 大声を上げそうになった彼がその口を両手で押さえたのは「それ」が想像もしないモノ、いや
人だったからだ。
「こんばんは、伊藤くん」
 パンパン、と尻についた埃を落としながら立ち上がったのは見紛う事の無い今日の主役だっ
た。
「七条さん!どうしたんですか?」
 啓太が駆け寄り、少し乱れた柔らかい髪にそっと指を触れる。目を細めてそれを従順に受け
る七条はくすりと笑い、そして言った。
「待ってたんです」
「俺を?」
「はい」
 こくん、と頷く七条は何だか子供みたいだ。
 けれどそんな彼もとても愛しくて、大好きで。
 胸いっぱいに「好き」の感情が溢れ出す。手に持ったままのプレゼントを隠すことも忘れ、啓
太は汗ばむ手でノブを回し彼を中に招き入れたのだった。
「どうぞ」




 部屋に入った彼は、先程から壁にもたれかかったままにこにこと笑っている。
視線の先には床やらベッドに散らばった服を今更気がついて目の前で片づける啓太の姿が
あった。
 やがて何とか(といってもクローゼットに突っ込んだだけというのが正しい)すっきりさせた事
に満足した啓太が「これでよし」と呟き小さく微笑み、七条に漸く目を向けた。
「やっと片づけましたから・・・ごめんなさい。七条さんずっと立たせてしまって・・・といっても座
る場所って」
 椅子は1つしかない。
 どうしたものかと啓太が思いあぐねていると七条はさっさと彼の前を横切った。そうしてどっか
と腰を下ろしたのはベッドの上。
「僕はここでいいです」
 つい3日程前にその場所で行われた行為を思い出し、啓太は耳まで真っ赤になる。
(そんなところに座られると・・・何だか意識しちゃうよ・・・)
「どうしました?顔が赤いですよ?」
 形の良い唇を緩めて、七条が揶揄する様な笑みを浮かべる。
「なっ、何でもないです!そっ、それより何で俺のこと待ってたんですかっ?」
 思いきり考えてることがバレてると感じながら啓太は、誤魔化すように彼に問いかけた。
「ああ」
 膝の上で両手を組み、そこに顎を乗せて舐めるように見上げる紫の瞳はくらくらするほど。
「君が来るのが待ちきれなくて、僕から出向いてしまいました」
「あ・・・」
 口調はさりげなく、しかしよくよく考えてみれば結構強制的に強請られて。
胸の中に一気に不安が募ってきて、啓太は思わず机の上の袋をちらりと見やる。
(どうしよう・・・こんなモノいらないとか言って押し返されたりしたら・・・)
 だがもう後には引けない。
決心を固める啓太がその袋を取りに行くより早く、七条が立ち上がりそれに手を伸ばした。
「あっ」
「これですか」
 袋から取り出した包みを見て彼は嬉しそうに微笑む。
「開けてもいいですか?」
「・・・どうぞ」
(もういいやっ。どうにでもなれっ)
 銀色のリボンを丁寧に解いて慎重に開けた箱の中身を見るなり、七条は目を見開いた。
「これは・・・」
 それはシルバー製のシンプルなクロスペンダント。
「アクセサリーとかしないかもって思ったんですけど、俺七条さんの欲しい物分かんなくて・・・
一生懸命考えたんですけど結局自分が貰ったら嬉しい物になっちゃって・・・」
 言葉の途中で啓太の体が温かいものに包まれる。
「ありがとうございます。その気持ちだけで嬉しいですよ、僕は」
「七条さん・・・」
 抱き締めるその腕の温もりは何よりも啓太を安心させてくれる。「良かった」と呟きながら啓
太はその胸に顔を埋めた。
「あの・・・これお揃いなんです・・・俺も、同じの買っちゃいました」
ふと気がついた様にゴソゴソとポケットから啓太が恥ずかしそうに自分の分を取り出して七条
に見せる。
「益々嬉しいですね・・・では明日から僕はワイシャツのボタンを3つほど開けて学園内を闊歩
しなくては」
「そ、そんなことしたら篠宮さんに怒られます〜っ」
 一瞬、頭の中に「だらしないぞ、七条!」と怒鳴りつける寮長の姿がぽわんと浮かび。
 そんな事をさせてはいけないとポカポカと胸を殴る啓太の華奢な手を掴み、七条はそこに今
さっき貰ったばかりのペンダントをそっと置く。
「ふふっ、まあそれは冗談として・・・伊藤くん。結婚式ごっこでもしましょうか」
「?」
「指輪じゃないですけれど」
 啓太の握り締めている2つのペンダントのうちの1つを手に取った七条は首に手を回しそれ
を付けると瞳を閉じて祈るように、呟いた。
「僕、七条臣は、伊藤啓太を富める時も、貧しい時も、病める時も、健やかなる時も、これを愛
し、これを支え、一生を共にすることを誓います」
「七条さんっ・・・」
ポロポロと涙を零す啓太の瞼に小さくキスをした後、彼は軽くウインクをしてみせる。
「君も誓ってくれますか?」
「はい・・・はいっ・・・」
 嬉しくて嬉しくて。
 自分の誕生日じゃないのに、と思いながら啓太は震える手でペンダントをそっと彼の首に付
け、そして同じ言葉を繰り返す。
七条は眩しそうに目を細めて、涙が止まらない啓太の顔にキスの雨を降らせた。
「今までで、最高の誕生日です。さて、僕達は晴れて夫婦となったのですから今日は新婚初
夜という事になりますね」
「ええ・・・って、はっ?!」
 ぱちくりと目を瞬かせる啓太。一方余裕の面持ちでプレゼントがくるまれていたリボンを取り
出してそれを啓太の髪に結わいつけて微笑む七条。
「もう1つプレゼントを頂きましょうか」
「なっ・・・なんっ・・・」




本当に、今までで最高の誕生日です。




 深夜。遠くで微かに鈴虫が鳴いている。
 隣では啓太がすやすやと幸せそうに寝息を立てている中、窓の外を眺めていた七条は今こ
こに西園寺がいたら卒倒するであろう位の笑みを密やかに浮かべていた。


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