「〜〜〜っ!!!」
(起きていた?!)
七条はそのままよいしょ、と言って啓太を自分の目の高さまで引っ張り上げる。真正面からま
るで抱っこされるような格好になって、目を逸らす事も許されない啓太は半べそを掻いたまま
固まる。
「さっき、トノサマと遊んでいた時何で逃げたんですか?伊藤くん」
「!!!!!」
(気づかれていたっ!)
「あんなにつらそうな顔を見せられたんじゃ気になりますよ」
なでなで。
「ね?何で逃げたのか教えてくれますか?このままでは僕は今夜気になって眠れなくなって
しまう」
頭を撫でられて、そんな風に寂しそうな顔で見つめられれば啓太は絶対に逆らえない。
(七条がそれを意図してやっているのか、どうなのか。それは彼のみぞ知るところである。)
「俺・・・情けないです」
「何がですか?」
今度はぽふ、と胸に頭を預けるように抱きかかえられる。とくん、とくん、と規則正しい鼓動を
聞いていると段々気持ちも落ち着いてきて。啓太はぽつりぽつりと小さな声で話し始めた。
「俺、七条さんに撫でられているトノサマを見て何だか嫌な気持ちになっちゃって。トノサマは
ちっとも悪くないのに、その時一瞬カッとしたんです。笑うかも知れませんけど・・・多分俺は嫉
妬したんだと思います・・・トノサマに」
搾り出す様に一気に言うと、啓太は「すみませんっ」と頭を下げた。
「何で謝るんですか?僕は全然君を責める気はありませんよ?逆に嬉しい」
頬に大きな手が添えられてぐいと上を向かされたその目に映ったのは深い紫の光を宿す、大
好きな七条の笑顔で。
何故嬉しいのだろうと啓太が聞く暇もなく、静かな笑みを浮かべた唇が鼻先を掠める。
キスされたのだと知ったのはそれが首筋に降りてきた時だった。
「しっ・・・」
「僕はね。そんな風に猫にさえ焼きもちを妬いてくれる伊藤くんがとても愛しくてなりません。
何処でそんなテクニックを覚えたんですか?」
「てっ・・・テクニックなんかじゃっ・・・」
首筋だけじゃ物足りないのかボタンにまで手を掛け始めた七条に慌てた啓太は必死でその
指を剥がす。
「僕が触れるどんなものにでも嫉妬してしまいそうですね。コップにも・・・洋服とかにも」
その内伊藤くん以外は触らないで欲しい、と言われたら全裸で過ごすしかありませんね。
食事もお風呂も全て君にやってもらわなくては。
「七条さんっ。俺そんな事までは言ってませんっ」
何処まで本気なのか分からないが、一つだけ分かるのは啓太がそんな事を言おうもんなら
彼は確実にそれを実行するだろうという事である。
「大丈夫ですよ。僕が一番大好きなのは伊藤くんですから。君は何にも心配しなくてもいいん
です。さっき君が嫉妬したあのシーン。実はトノサマを撫でながら伊藤くんがどんなに可愛い
かを説明していたんですが・・・残念なことに途中で逃げられちゃいました」
「そう・・・だったんですか」
「トノサマは本当に可愛いですねぇ・・・って言った後、でも伊藤くんには叶いませんけどねって
言ったんです。そこまでは聞いていなかったんですね?」
「・・・はい」
最早消え入りたい心境にかられる啓太は熟れきったトマトの様に真っ赤になる。
そのまま無言でお尻についた芝生をパンパンと叩きながら二人は立ち上がる。本を小脇に抱
えて啓太の横に立つ七条が、ふと思いついたように口を開いた。
「ところでもう一つ質問いいですか」
「はい」
「伊藤くん、先ほどまで持っていた荷物はどうしました?あれは海野先生に頼まれた物だった
んですか?」
すると突然背中に氷水を掛けられたみたいに啓太が飛び上がった。
「しまったっ・・・!海野先生のとこに置きっ放しだっ!」
どうしよう、取りに行かなきゃと慌てる啓太を七条が止める。
「僕も一緒について行きます。用事はあとどの位残ってるんですか?」
「えっと・・・」
ポケットから取り出したメモを見せると彼は納得したように頷き、そしてこう言った。
「僕も手伝います」
「えっ?でも悪いです・・・」
「二人でやれば早く終わりますから」
「でも・・・」
「いいから。あとそうだ。終わったら会計室に寄って行きましょう。お茶でも入れますよ」
もうどうしたってこれ以上好きになんかなれない位、啓太の七条への思いはいつだって満タン
なのに。
ね?と得意の微笑みを向けられれば、忽ちノックアウト。
『好き』の気持ちは更に加速度を増す。止まらなくなる。
「・・・じゃ、じゃあ。お願いします」
「はい。喜んで」
ダンスのパートナーを申し込むように、七条は胸に手をあて恭しくお辞儀をした。
「では行きましょうか」
「・・・はいっ!」
差し出された白い手を遠慮がちに握るのは、日に焼けた小麦色の手。
そして空を見上げた七条は嬉しそうに、もともと細い目を更に細めて啓太を見つめる。
「同じですね」
「え?」
「ほら」
と指差されたそこにあるのは燦々と照りつける太陽と、一面の青い空。
「君の瞳の色と同じです」
ふわり、と七条が笑う。
「僕の大好きな色ですよ」
ふわり、と啓太も笑った。
「・・・俺もです」
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