空と君の瞳の青


【3】



海野が課題プリントを実験室で作っている間、啓太はうじうじ悩んでいた事を払拭するかのよ
うにせっせと働き、その甲斐あって雑然としていた準備室は、約一時間程で綺麗になった。
「先生、これからはもうちょっと片付ける癖をつけた方がいいですよ。俺、あんまり自分も片付
け上手な方じゃないけれど、先生は俺の上を行ってます」
額に浮かんだ汗を手の甲で拭い、軍手をポケットに突っ込みながら啓太が言うと。
海野は「てへへ」と舌を出しておどけた様に首を竦めてみせる。
「えへへっ・・・何か後でいいや、って思うといつの間にか散らかっちゃうんだよねー」
「駄目ですよ。ちゃんと習慣づけないと。大事なデータが又見つからなくなったって俺、知りま
せんよ」
「うん・・・今度からそうするよ。ごめんね、伊藤くん。あ。疲れたでしょう、ココア飲む?入れて
あげるよ」
立ち上がる海野に啓太は慌てて「いいです」と手を振って断りを入れる。
「俺、まだ用事残ってますから。これで失礼します」
「あ、伊藤くん」
ドアを半分ほど開けたところで呼び止められた。
「ここに来る前、トノサマ見かけなかった?」
「・・・」
僅かな沈黙の後、悠然とドアの隙間から生物室へと入って行く一匹の動物に二人は驚く。
「ぶにゃーん」
「あ、トノサマ!何処に行ってたの?もう僕探してたんだよーすぐ目を離すといなくなっちゃう
んだから」
ほらおいで、と言って手を伸ばす海野の腕の中にトノサマはぴょんと飛び込んで。
何やらご機嫌斜めな様子で鳴き、いや喋り始めた。
「ぶにゃっ。にゃにゃにゃにゃん!」
「ん?」
「にゃん。にゃにゃ、にゃにゃーん」
「ふんふん」
啓太は呆然と立ち尽くしてその様子を眺めていた。するとトノサマは前足を伸ばして「にゃん」
と鳴いた。
くいくいと動かしているその様子はまるで呼ばれている様で。啓太はふらふらと、トノサマを抱
いた海野へと近づく。
「何?トノサマ」
「ぶにゃっ」
「・・・何か怒ってるみたい・・・え?俺様はノロケ話に付き合うほど暇じゃないって?一体何の
事なんだろ・・・伊藤くん分かる?」
海野はトノサマの言葉を啓太に通訳しながら首を捻った。
「・・・俺にも分かりません」
「ぶにゃにゃにゃっ!にゃあ、にゃっにゃっぶにゃん、にゃんにゃう」
「・・・何なに、七条の奴、俺様を褒めたかと思ったら啓太について延々とのろけやがって・・・
全く聞いてられないぜ?口を開けば啓太、啓太って。俺様はあてられっ放しだった・・・?」
「へっ?」

それって・・・さっきのあれ?

「にゃっ!にゃにゃ。ぶにゃにゃにゃ。にゃーにゃにゃん。」
「話し出したら止まらないから置いてきたって?七条くんを?何処に?」
「にゃーぶにゃ」
「中庭?」
その言葉を聞くや否や、啓太は挨拶もそこそこに廊下に出ると猛スピードで駆け出した。
「待て伊藤!廊下は走るな!いつも言っているだろう!」
「ハニーっどうしたの?そんなに慌てて・・・ねぇねぇ、今から練習見に来ない?僕の華麗なサ
ーブを見せてあげるからっ!」
等、途中篠宮に怒られたり、成瀬に行く手を阻まれたりと色々なハプニングもあったけれど。
今彼が会いに行きたいのは、たった一人。
「・・・俺っ、下らない事でうじうじしちゃって・・・それなのに七条さんは・・・」
会ったら、何て言おう。
そればかりを考えながら、彼がいるであろう場所へと啓太は急いだ。




もういないかも、なんて考えがちらりと頭の中をよぎったけれど。
そんな心配は無用と言うかの如く、さっきと変わらない場所に彼は居た。
大きな木の幹に凭れかかる様にして座って本を読んでいる、と思ったらどうやら寝ているよう
だった。
膝に置かれた本は開いたまま、風が吹く度にぱらぱらとページがめくれてゆく。
「し・・・ち・・・じょう・・・さん?」
恐る恐る小声で話しかけてみるが、ぴくりとも動かない。
「熟睡してるのかな・・・」
あまりに静かなので呼吸をして無いんじゃないかと心配になり啓太が心臓に耳をあてたその
瞬間。


ぎゅうっ。

あれ?

咄嗟の事で思考回路が働かない。今置かれているこの状況を啓太は理解できずに瞬きを繰
り返すだけだ。

「つかまえた」

頭上から降って来たのは、寝ていた筈の彼のものだった。

[つづく]



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