空は青く、雲は白。
当たり前のことだが今の自分にはそれらがやけに眩しくて。
思わずブレーキをかけてその場に立ち止まる。
ジリジリ焼け付く太陽の光が降り注ぐ炎天下、BL学園の中庭にはパイル地のサンバイザーを
外して額の汗を拭う若者が一人。
「ふうっ」
黄色いマウンテンバイクに跨っていたのは「まいどー」でお馴染みの滝俊介ではなく啓太だ。
漕ぎ出すと風が顔に当たって気持ち良いのだが、止まると急にどっと汗が噴出してくる。
拭いても拭いても止まらない。
お陰で下ろしたてのTシャツもすっかりべとべと。
「全く俊介の奴。こんな時に限って風邪なんて・・・」
『頼むわ啓太。俺頼れんのお前だけなんや』
少し吊りあがった小動物のようなクリンとした。そして熱のために潤んだ瞳で見つめられたら
元々お人よしな啓太、そこは首を縦に振らざるを得なかった。
彼はジーンズのポケットから小さく4つに折り畳まれた紙を取り出してガサガサと開く。
そこには書き殴ったような字で、しかし細かくデリバリー内容がみっちりと書きこまれていた。
「まだあと半分もある・・・」
止めようったってため息が出てしまう。
改めて、彼のタフさに驚かされた啓太であったが感心ばかりもしていられない。何せ今日はそ
れをたった一人でこなさなくてはならないのだから。
土曜日である。通常だったらお休みの日でも便利屋俊介への仕事の依頼は後を絶たないら
しい。
「次は・・・海野先生のところか」
メモには「手伝い」としか書かれていない。また試作中の薬の実験台にされたりとか・・・?
いや。
いや、いや。
啓太は不吉な予想を脳裏に浮かべ、それをすぐさま打ち消すように頭を振った。
それは、無い。多分。
恐らく。
・・・どうだろう。
何だか自信が無くなって来たが行かねばなるまい。まだ仕事は山ほど残っているのだ。
うん、と自分を奮い立たせるように頷く。
「何とかなるよな。きっと」
なんて願いを声に出しながらペダルに足を掛けたその時だった。
ふっ、と木陰の方で何かが動いたような気がして啓太は慌てて自転車から降りる。
「?」
体を伸ばして声の方向を恐る恐る見るとその影がまた小刻みに動いた。
気を抜くと声を上げそうになる自分を堪え、啓太は勇気を出して一歩、また一歩と近づいてゆ
く。
やがて判別できる距離まで迫ることに成功した彼は瞳を零れんばかりに見開いた。
「・・・ふふふ、よく寝てますねぇ」
しゃがんだ『彼』は足元に寝転んでいる白い物体を愛しそうに撫でていた。
「・・・ぶ」
ぶにゃーん。
とどこかで聞いたような声を上げたその物体は。ぐーん、と背中を伸ばし、ふぁぁと欠伸をして
まだ眠たそうな目で声を掛けた人物を見上げる。
「おや、お目覚めですか」
「にゃあ」
そうだ、というようにトノサマは頷くとゴロゴロと喉を鳴らして七条に擦り寄った。
「本当に可愛いですね、トノサマは」
「ぶにゃあん」
果たして彼らの間には会話が成立しているんだろうか、と啓太は疑問に感じながらも心の何
処かにモヤモヤとした気持ちを抱いていることに気がついた。
あれ?
俺、今何を考えた?
気づかれないように、一人と一匹から身を隠す啓太の顔は真っ赤。
「お腹まで出して。気持ち良いんですか?」
「うにゃん」
ふわふわの毛並みを優しく撫で付けている七条。
鼻筋のすっと通った横顔も、透ける様な銀色の髪も、いつもなら羨望の眼差しの対象だったそ
れらは今の啓太にはぼやけて見えた。
俺、どうしちゃったんだろう。
何かすっきりしない。
彼らのやり取りをそのまま眺めている事が出来なくなった啓太は釈然としない気持ちのまま自
転車へと飛び乗った。
ペダルを漕いでも漕いでも、爽やかな風が頬を撫で付けても、それは晴れることは無かった。
[つづく]
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