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人を不愉快にさせるには十分過ぎる程の雨が、風を伴って強く窓を叩く。
シャープペンシルをくるくると弄びながら全然進まない課題のプリントを前に、物思いに耽るの
はもちろん啓太。
「やっぱり手伝えば良かったかなぁ」
考えていたのはついさっき学園で別れてきたばかりの美しい恋人の事だった。
啓太は今日も会計部室を訪れ自ら手伝いを申し出たのだが、鞄に慌てて押し込んだのでぐち
ゃぐちゃになっていたプリントが彼の目に止まってしまい。
「今日はそちらを優先して下さい」
と、にこやかに拒絶され現在に至る。
「駄目だこんなんじゃ。折角七条さんが俺の為を思って断ってくれたのに。よし、やるぞ」
自分を奮い立たせ、啓太はぐっと拳を握り締めると再度机の上の紙に目を移した。
・・・が。
「・・・全然わかんない・・・」
開始3分で敢え無く白旗を上げた彼は「あーっ」と叫んで背凭れに体を預ける。
体重を掛けられた椅子が悲鳴を上げるようにぎしり、と音を立てた。
雨は益々激しさを増していくようだ。スコールの様な土砂降りである。
「七条さんは、どうしてるかな・・・」
ふと朝一緒に登校した時の彼の様子を思い浮かべ、その手に傘を持っていなかったことに気
がついた啓太は慌てて立ち上がる。
「大変だっ!七条さん傘持って行ってないやっ」
寒色系が好きそうな彼には似合わないかも知れないけれど。
啓太は部屋の隅に立てかけてある先日買ったばかりのオレンジ色の傘を掴むと、自分の部
屋を飛び出した。
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共有スペースを通り抜け、寮の玄関に辿り着いた彼が見たものはびしょびしょに濡れた七条
の姿だった。
サラサラといつも風に吹かれる度に光るプラチナ色の髪は、ねずみ色に。
彼が纏うと一層映える赤のジャケットが冴えないえんじ色に。
いつもキチンと手入れされている革靴もすっかり濡れて変色している。
けれど、あの甘やかな瞳だけは変わっていなくて。
いや、ましてそのアンバランスさが逆に彼の色香を何倍にも膨れ上がらせている様にも感じた
啓太はごくん、と唾を飲んだ。
「・・・伊藤くん・・・あぁ、これから何処かにお出かけするんですか?」
気配を感じたのか、顔を上げて前髪から透明な雫を滴らせた七条が立ちすくむ彼に声を掛け
た。
その言葉に弾かれ、心配そうな顔をして駆け寄る啓太。
「七条さん。やっぱり傘持ってってなかったんですね。俺、迎えに行こうと思ってたんです」
「そうだったんですか。でも大丈夫ですよ、僕はこう見えても結構丈夫なんです」
余裕を見せるように軽くウィンクを返す彼に、胸がどくん、と高鳴る。
「駄目です!どんなに丈夫だってそんなにずぶ濡れだったら誰だって風邪ひいちゃいます!
俺、タオル持って来ますからここで待ってて下さいっ」
そう言い残して立ち去ろうとする啓太の腕を七条が引っ張った。
「伊藤くんの好意を無にする訳にはいきませんね。じゃあ、君のお部屋まで行きますからそこ
でタオルを貸して下さい。・・・流石にこんな格好を色々な人に見られるのは恥ずかしいですか
ら」
「はいっ」
「行きましょうか」
啓太が雨で濡れたままの七条の左手に自分の右手を絡ませ、左手には傘を持って歩き出す。
二人の足取りはまるで焦っているかの様だった。
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啓太がバスタオルを探している間、七条は入り口のところでずっと立っていた。
「七条さん?何で入ってこないんですか?」
「だってこのまま入ったら伊藤くんの部屋が水浸しになってしまいますから」
「・・・そんな事、全然気にする必要ないです。それより七条さんが風邪ひいちゃうほうがずっと
心配ですから」
あった、とクローゼットを漁っていた啓太が奥からまだ一回も使っていない真っ白なタオルを取
り出すと、七条の元へ近寄りそれを手渡そうとした。
すると七条はにこやかに微笑みながら左右に首を振る。
「伊藤くんが、拭いてくれますか?」
「・・・っ!」
「駄目・・・ですか?」
「い・・・いえっ・・・.。で、でも。立ったままだと七条さんの方が背が高いから手が・・・」
「あぁ、そうですね。どうしましょうか・・・」
「・・・そうだ!じゃあ、これを使います」
今度はベッドの下をがさがさ探し始めた彼はレジャーシートを取り出すと手早くベッドの上に敷
いた。
「なるほど、良いアイデアですね」
「さ、座って下さい」
促されるままに七条がシートの上に座る。啓太は対面に立つと、タオルを彼の頭にかけ力を込
めすぎないよう、押える様にごしごしと拭いた。
間から見え隠れする、目を瞑った七条の表情はとても無防備で、年上なのに何だか子供みた
いにも見えて。
そんな彼の顔を今独り占めできている自分がとても嬉しく、啓太は溢れる笑みを抑えきれない
でいた。
「七条さん。頭・・・拭き終わりましたよ」
啓太がタオルを外し、ちょっと乱れてしまったがやっと元の色に戻りつつある彼のプラチナの髪
を手で梳いて直すと、七条はその手と手の持ち主を自分の胸の中へと手繰り寄せた。
「まだ・・・体が濡れています。気のせいか寒くなってきました。このままでは風邪を引いてしま
います。伊藤くん、どうしたら良いですか?」
どうしたらって、自分で拭けば良い事なのだが七条は冗談とも本気ともつかない笑みを浮かべ
て、啓太の耳元に口を寄せる。
「伊藤くんが・・・暖めてくれますか?」
「っっっ!また・・・冗談言わないで下さい・・・七条さん」
タオルを握り締めた啓太が耳を真っ赤にして腕の中でもがく。
「・・・本気ですよ。それとも僕の頼みなんて聞いてもらえない・・・ですか?」
悲しそうな声音に顔を上げると彼の大好きな紫色の瞳は心なしか濡れているように見える。
しばらく躊躇していた啓太はやがて顔を上げると仕方ない、といった様に微笑んで言った。
「・・・駄目・・・じゃ、ないです。俺・・・っ、俺なんかでいいんなら・・・」
「君じゃないと意味が無いんですよ」
啓太の瞼に触れるだけの軽いキスを落とした七条が、自分のジャケットをばさり、と脱ぎ捨て。
実に素早い動作でネクタイを外し、ワイシャツをはだける。
うっすらと筋肉のついた逞しい胸が目の前に現れ、正視していられない啓太が横を向こうとす
ると、一早く七条の長い指が顎を捉え正面を向かされる。
「・・・逃げられると思ってるんですか?」
濡れていた筈のアメジストは今や燃え上がりそうな情熱を秘めた濃い紫。
柔和な笑顔とは裏腹の強い力で倒されて仰向けになった啓太が、これから始まるであろう甘
い時間を想像しうっとりと瞳を閉じた。
雨の日も・・・そんなに悪くない。
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