澄んだ青い目を持つ青年が会計部室の扉をノックしようとした時、珍しく声を荒げた一人の男
の声が聞こえてきた。
「いい加減にしないか、臣。お前がそんな調子では私まで暗くなる」
七条さんが・・・何かあったのだろうか。
啓太は小首を傾げつつ、ドアを2回叩いた。
「伊藤啓太です。失礼します」
入り口で軽く頭を下げて中の様子を伺うと、こちらを振り向かずパソコンの前で固まっている
七条と、人形の様に美しい精巧な顔立ちの西園寺が思いっきり不機嫌な顔をして腕を組んだ
まま立ち尽くしているのが目に入った。
「西園寺さん・・・あの・・・」
「あぁ、啓太か。来た早々悪いが腑抜けているこいつを何とかしてくれないか。さっきからずっ
とこの調子で何があったのか聞いても答えてくれないんだ」
西園寺は両手を上げて『お手上げ』のポーズを取ってみせる。
バトンを受けた啓太は「はい」と頷くと、未だ固まったままの七条の背中に声を掛けた。
「しち・・・じょうさん。俺、です。伊藤です。手伝いに来たんですけど・・・何か元気無いですね。
どうかしたんですか?」
すると漸く、けれどその動作はコマ送りの様にやたらゆっくりと、彼が啓太へと顔を向けた。
「あぁ・・・啓太くん・・・」
いつもの啓太の大好きな笑顔は何処へやら、彫りの深い顔を歪め七条が彼の存在を確認す
るなり悲しげに瞳を伏せる。
西園寺の前でも自分の事を名前で呼ぶあたり、余裕が無いという事が充分伺えて啓太は思
わず彼の前にしゃがみこんだ。
「一体どうしたんですか、何か大変なことでもあったんですかっ!俺っ、俺で良かったら力にな
りますから良かったら話してもらえませんか?」
必死の形相で啓太が七条の体を揺さぶりながら言うと、彼は疲れを引き摺った笑顔を見せた。
「そうですか・・・もう今更どうにもなることではないのですが・・・ね。聞いてもらえますか?」
「はい」
「実は啓太くんの画像が一杯つまっているMOを落としてしまったんです」
「へっ?」
思いがけず自分の名前が出て驚く啓太はぽかんと口を開け、淡々と話す彼を見上げる。
「ちなみにそれには何が・・・」
「啓太くんの、日常の制服姿から、私服、体操服、水着、ウエディングドレス、果ては僕の腕
の中で眠る姿や、快感に酔いしれ・・・」
「わっ、わっ!何言ってるんですかっ!七条さんってばっ」
突然の爆弾発言をぶっ放した七条の口を彼が慌てて塞ぐ。二人のやり取りを眺めていた西園
寺は、こめかみをぐりぐりと指で押して頭痛を和らげようとする。
「データはMOにしか残っていないのか、臣」
「生憎デジカメから移した時点で消してしまいまして。大分容量を食うものでしたからMOに落と
しただけで安心していました・・・情けない、大失態です」
魂まで抜けていきそうな深いため息を七条がついた。
「そんなもの持ち歩いていたんですか・・・七条さん」
脱力感でいっぱいの啓太が彼と同じく深いため息をついた。
「はい、その内の一つを会計部のパソコンの壁紙にしようと思いましてね。今日寮から持って
きたんですが・・・さっきここに来たらどこにも見当たらなくて。今日は移動教室も多かったで
すし、色々荷物も持って動き回っていましたからね、何処で落としたか覚えてないんですよ」
「心当たりは。当然探したんだろう?」
「はい。思い当たるところは全部。けれどありませんでした」
あれこれと自分の恥ずかしいところやら何やらを撮られていたのかと思うと、どうしようもなく
いたたまれない気持ちになった啓太は、何か言ってやろうと七条に向かって口を開きかけた
がすっかり落ち込んでしまっている彼を目の当たりにした途端、その塊を飲み込んだ。
「・・・すみません、啓太くん。僕のせいです。君と会っていない時でもいつでも一緒にいる気分
になれるだろうと思って・・・こんな事になってしまって・・・本当にすみませんでした。僕は・・・
君に対しては欲張りになってしまうようです・・・」
長身の彼から真摯な態度で頭を下げられて、悪い気がする人間はそうそういない。
「仕方・・・ありません。でもっ、画像ならこれからいくらでも撮ればいいじゃないですかっ。俺
は現にここにいるんだし、そんな盗み撮りみたいな事しなくてもちゃんと撮りたいなら言ってく
れれば・・・変なのは嫌、ですけど・・・それ以外なら・・・別にいいですよ」
指をくにくにと弄び、俯いた彼が顔を赤らめてそう言った。
「本当ですか、啓太くんっ」
飛びつかんばかりに喜ぶ七条を横目で見つつ、西園寺が落ち着いた口調で二人がすっかり
忘れていたことを的確に指摘する。
「いちゃつくのは一向に構わないが・・・落としたものが無いとなると誰かが拾ったという事にな
るがそれは問題ないのか?」
「あ」
「そう・・・でしたね。中身を見られたりでもしたら・・・非常にまずいです」
意識を失ってふらりと倒れそうになった啓太を、七条は自分の体で包み込んだ。
西園寺は物憂げに右手の指に自分の長い髪をくるくると巻きつけると、「まさかとは思うが・・・
アイツの手にだけは渡って欲しくはないな」と呟いて窓の外を見やる。
「激しく同感です」
すっぽりと収まる恋人の体を優しく抱き締めながら、トリリンガルの彼もその名前は口に出した
くも無いという風に口角を下げて頷いた。
「ふーん、中々いい趣味をしていらっしゃるようだな、会計部の犬も。こんな私物を学園に持っ
て来るとは余程あいつに入れあげていると見える」
「何呟いてにたにた笑ってんだ、ヒデ。傍から見るとお前すっごく気味わりぃぞ」
学生会室には先ほどからパソコンの前でカチ、カチとボタンをクリックしては鼻息を荒くする中
嶋と、それを不思議そうに眺めてシャープペンシルをクルクルと回す丹羽の二人がいた。
「なぁ、何見てんだよ。俺にも見せろ」
「駄目だ、これは俺のだ」
「ちぇっ、ケチ」
唇を尖らせて再び紙の束と格闘する丹羽に一瞥をくれながら、『鬼畜』と呼ばれる副会長は
目の前で無邪気に微笑む彼の姿を元々細い目を更に細くしてじっくりと堪能していった。
同じ頃会計部室では、気を利かせた西園寺が去って。
意識を失ったままの啓太の髪を、優しく、優しく、撫でつけながら、七条がジャケットの内ポケ
ットから最新機種のデジタルカメラを取り出すと片手で構え、ボタンを押した。
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