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少しでも目を離したら何処かへ消えてしまいそうなそんな気がしてしまうから。
だから。
僕は君を逃がさない。
それは数日前。彼の部屋からの去り際。
「折角のイヴですし、その日は一緒に過ごしませんか?」
嬉しそうに頷いてくれるかと思ったら意外にも返って来たのは少しだけ困ったような顔で。
「何か予定でも?」
そう問えば「いえ・・・えっと」と言葉を濁し、首を振る。
「僕には言えない事ですか?」
咎めるつもりはなかったのに少々棘があるような言い方になってしまった。案の定彼の表情
はみるみるうちに曇る。
「し・・・七条さん・・・あの・・・俺・・・」
「・・・すみません。ちょっと意地悪でしたね。強引に誘ってしまって申し訳ありませんでした」
踵を返して歩き出す僕に背後から聞こえた足音。振り向かないでその場に止まると彼は、僕
の前に回り息を荒げながら「最後まで聞いて下さい」と袖を引っ張った。
「違うんです!あの、その日は午後からなら・・・午前中だけちょっと・・・」
「分かりました・・・では当日は僕が部屋へ迎えに行きますね・・・1時ぐらいでいいですか?」
「はい」
ほっとしたように息を吐き出す彼。隠しているそれが何なのか。気にはなるが、まぁいいだろ
う。無理強いするのは性に合わない。
「では失礼します。今日は僕の夢を見て寝て下さいね」
「・・・はい。お休みなさい」
おやすみのキスを額に残して、僕は月明かりが照らす消灯時間がとうに過ぎた寮の廊下を、
なるべく足音を立てないようにしながら自分の部屋へと向かったのだった。
しかし、当日。その時刻に彼の部屋を訪ねても何の反応も無くて。何処かへ出かけたのかと
寮内をうろうろしていたところで何かをひっくり返したような派手な音が食堂の方から聞こえ
てきたのだ。
「誰かいるんですか?」
慌ててその場へ急ぎ、奥の方でうずくまっている影に声を掛けるとそれはゆらりと動いた。
不審に思った僕は更に現場へと足を進める。
「何をしているんですか」
「それ」が振り返って僕を見た。
何ということか。それは、いやその人は。自分が今最も会いたいと思った「彼」。
「あ・・・」
零れそうな瞳に吸い込まれそうになって。ほんの少しの間見蕩れていたけれど、直ぐに我に
返ると彼の元へと駆け寄った。
「凄い音が聞こえてきたので来たのですが・・・何かあったんですか」
「七条さん・・・ああっ!見ないで!見ないで下さいっ」
両手を大きく振りながら必死で僕の視界を遮るので、その言葉に辺りを見渡せば。
ああ。
そういうことだったのか。
午後なら、といった理由が今分かった。
「それは・・・ケーキ・・・ですよね?」
疑問系だったのは、それがお世辞にも上手いとはいえないものだったから。
多分目がつまってしまっている重そうなスポンジケーキらしきものの横には沢山のフルーツ。
そして床には生クリームが派手に零れ、その傍には銀色のボウルが転がっている。
ついでにテーブルの上も飛び散ったクリームやら、粉やらでぐちゃぐちゃだ。
これからデコレーションに入ろうという時だったのだろう。
彼自身の鼻のてっぺん、そして頬、口元にクリームが跳ねてしまっていた。
「・・・ああ・・・折角驚かそうとしてたのに・・・」
項垂れ、ボウルを拾ってテーブルの上に置いた彼は、どこからか布巾を持ってくると気まずそ
うに床を拭き始める。
その耳は真っ赤だ。
僕はごくん、と唾を飲み込む。
「・・・伊藤、くん」
興奮していたのか発した声はどこか掠れていて、我ながら可笑しくなってしまう。
「・・・でも、こんなんじゃ。七条さんにあげても迷惑でしたね・・・すみません」
そう言って自嘲気味に笑う彼の顔は今にも泣きそうで。
思わず肩を引き寄せて自分の胸の中に閉じ込める。そうしないと、逃げていきそうで怖かった
から。
「ちょ・・・七条さん・・・まだ床クリームが・・・」
「伊藤くんが心を込めて作ってくれたものを僕が喜ばないと思っているんですか?だとしたら
それは大きな間違いです。僕は君がくれるものなら何だって嬉しい。本当に・・・何だってね」
「こんな・・・本当はもっと上手くいく筈だったのに・・・ごめんなさい・・・」
「いいえ」
首を強く横に振って抱いている手に力を込めた。それはもうこれ以上彼に余計な気を使わせ
ない為。・・・それに。
「え・・・?」
不思議そうに頭を捻る彼の、上気した頬をぺろりと舐め上げて。その甘さを確かめる。
「うわぁっ!」
唇を触れた箇所に手を当ててびっくりしたように僕を見つめるまんまるな目。
「な・・・なんっ・・・なんっ」
「美味しいです」
「は?」
やんわりとその手を退かせてまだクリームのついている、今度は鼻を舐めると彼は本格的に
暴れ出した。
「や・・ちょっと・・・あのっ・・・」
だけど僕がしっかりと捕まえているから彼は何処へも逃げられない。
・・・何処へだって。
「どんなデザートより、君の方が何倍も、何千倍も甘くて、美味しい」
「・・・・・・」
「君以外なんて要りません」
「しちじょ・・・さ・・・」
「君しか、いらない」
だから逃がさない。
唇のラインをゆっくりとなぞると「ん・・・」と甘ったるい溜息がそこから漏れた。
それだけで体が熱くなってしまうのは。もうきっと抜け出せないぐらいに彼に嵌っているから
だなと実感する。
「おれ・・・俺だけで・・・す・・・か?ほんと・・・に?」
「ええ。もうかなり前からね」
「そう・・・ですか」
手に入れたものは絶対だ。手放す事なんて出来る訳が無い。まして愛しい存在なら尚更に。
「君が僕の傍にいてくれることだけが何よりのプレゼントですから」
「し・・・臣・・・さん」
「もう君からは十分過ぎるぐらいのプレゼントを貰いましたよ。いくつも、いくつも。逆に僕から
何か希望があればプレゼントしたい位なのですが・・・」
そう言ったら彼は。
「じゃ、俺も要りません!だって、だって。俺が欲しいものは・・・七条さん・・・だから」
貰ってますね、と笑うその小さな肩を抱き寄せて、僕は今日一番真っ先に言いたかった言葉
を囁いた。
「メリークリスマス。啓太くん」
すると恥ずかしそうに、でも嬉しそうに彼は笑って。
「メリー、クリスマス。七条さん」
小さく、一つ。
それは小鳥が啄む位の速さで、僕達はクリームがつくのも構わずに、抱き合って何度もキスを
した。
愛していますよ。君だけをずっと・・・
ずっとね。
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