恋愛JINX


大丈夫だ、落ち着け。
思いっきり空気を吸い込めば、緊張だって解れてくる筈。
だって。
・・・だって今日は。

タッ。

ゆっくりだった歩みを少しだけ速めると、足元の枯葉がかさりと音を立てた。

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ポーン・・・

小気味よいボールの音がこだまするテニスコート。
「ほらほら、まだ遅いっ」
「は・・・はいっ!」
「次、行くよー」
どんなに沢山の人がいても分かってしまう。あんな長身で、端整な顔立ちの人なんて早々
回りにいるもんじゃないから。
「はい、次」
非の打ち所がないってきっと、この人の事を言うんだろうな。
そんな事をぼんやりと思いながらフェンスに寄り掛かっていると、突然。
「ハニー?そこにいるのはハニーじゃないか!」
言うなり練習そっちのけで俺の方に駆けて来る成瀬さん。他のテニス部の人たちはと言うと
「ああ、またか」と云った顔で個人練習に戻っていく。
「どうしたの。練習を見たいなら見たいって事前に言ってくれればいいのに。ちゃんとハニー
の為に特等席を作っておくよ」
「いや、そんな事しなくても・・・」
「そこは寒いだろう、風邪を引いてしまうよ。こっちにおいで。僕のベンチコートを着るといい」
フェンス越しに会話をしていた俺は、成瀬さんに導かれるままにコートへ続く扉をくぐる。
「いいんですか・・・俺みたいな部外者がコートに入っても・・・」
「ハニーなら大歓迎だよ。ほら、うちの部員達も皆何も言わないだろう?」
言わないというよりもう呆れて何も言えないのではないかという言葉が頭をよぎる。
「あはは・・・」
予想通りぶかぶかの成瀬さんのコートを羽織らされ、俺と成瀬さんはベンチに腰を下ろす。
「で、何?」
ラケットをことん、と置いて成瀬さんが俺の目をじっと見つめる。
「あ・・・」
俺はごくん、と唾を飲み込む。まだ緊張しているのか口の中がからからだ。
「成瀬さん・・・あの・・・」
「うん」
いつもと変わらない成瀬さんの笑顔。こんなに胸が苦しくなってしまうのは何でだろう。
言わなきゃ。言わなきゃ。
「あの・・・」
「うん」
「おたんじょうび・・・」
「ん?」
「お誕生日おめでとうございますっ!」
差し出した袋に視線を定めたままなので俺からは成瀬さんの表情が見えない。いや見えない
っていうか、反応が怖くて見られずにいたのだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
もしかして俺変なことしちゃった?プレゼントが迷惑だったとか?
どうしよう。怖くて顔が上げられない。
何か言って欲しいのに・・・
じわ、と視界がぼやけそうになったその時だった。
がばっ。
次の瞬間、俺は成瀬さんの腕の中にいた。
「嬉しいっ!嬉しいよハニーっ!僕の誕生日覚えててくれたんだね!」
「あ・・・の・・・」
離して下さい、と息も絶え絶えにそう言うと成瀬さんはあ、ごめんとやっと手の力を緩めてくれ
て。
だけど抱き締められているその状況は変わらない。
「プレゼント・・・かなり迷ったんですけど・・・これ」
今度こそちゃんと包みを渡すと嬉しそうに「ありがとう」と言ってくれた。
「開けても・・・いいかな?」
「はい」
アイボリーのくしゃくしゃとした和紙っぽい包みに巻かれた赤いリボンを、成瀬さんは長い指で
するすると丁寧に解いてゆく。
「これは・・・靴下?」
「はい」
俺が買ったのはアーガイル柄の靴下を色違いで三足。
不思議そうな成瀬さんに俺はこれを選んだ理由を述べた。と偉そうに言っても、和希から聞い
た受け売りなんだけど。
アーガイルの靴下を好きな人に贈るとより深く思いが伝わる。それに、一日三足靴下を履き
替えると、全てが上手くいくというジンクスがあるらしいのだ。
「だから俺はこれを選びました」
「ハニー・・・」
成瀬さんが好きだ。
本当に大好き。でも言葉にするのはやっぱりちょっと恥ずかしいから。
「貰って・・・くれますか?」
「当然だよハニーっ!こんな嬉しいプレゼントは無いよ」
ああ、良かった。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
「本当に嬉しいよ。ありがとう」
そんな風に耳元でそっと囁かれると、体からふにゃりと力が抜けてしまう。
「・・・っ」
「でね」
大事そうに俺のプレゼントをラケットの上に置いて。
長い金髪をさらりと揺らめかせてその人は微笑む。
「これも勿論嬉しいんだけど。もう一つ欲しいものがあるんだ・・・いいかな」
「もうひとつ?」
「そう」
頷きながら成瀬さんはよいしょ、と腰を上げる。だが。
「わわっ!」
俺も一緒に、というかお姫様抱っこというやつをされていた。
「あ・・・あの・・・成瀬さんそれって・・・」
「き、み」
「はっ?」
いいよね。
軽くウインクを一つ。
「だめ?」
「い・・・」
いいえ。
俺は情けないことに首を振るのがやっとだ。
「じゃあ、いい?」
こくん。
頷くと成瀬さんはおそらく真っ赤になっているであろうと思われる俺の耳に形のいい唇を寄せ
た。
「朝まで帰さないからね」
「ひえっ」
あはははは、と笑ったかと思うと、物凄いスピードで成瀬さんが走り出す。
俺はというと。
振り落とされないように。
それと、これ以上自分の情けない顔を見られたくなくて。
腕の中で揺られながら、少し汗ばんでいる彼の胸に、そっと頭を埋める。
「・・・好き」
聞こえないように呟いたつもりだったけれど。
まるで呼応するようにとくん、と大きな鼓動を刻む音が。
耳に、響いた。





<コメント>

初の成啓。もう何が何やらといった感じですがとりあえず「おめでとう!」と。
それが言いたかったんです。それにしてもプレゼントとしては何やらちょっと地味ーな感じ
ですが実は靴下を贈るのにそんなジンクスがあるなんて、皆さん知ってました?
私は知りませんでした(笑)結構奥深いもんですねぇ。
まぁ成瀬さんは何でも喜んでくれそうですがね。メロメロだから。


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