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「毎度のことながら大変やな。ま、頑張りや」
「うん。俊介も見かけたら教えて」
「おう。まかしときっ」
学生会室で、中嶋に「連れて来なかったらどうなるか分かってるんだろうな」と凄まれて部屋
を飛び出したのが今からかれこれ40分ほど前。
うろうろしていたところをスケッチブックを片手に歩いていた岩井にぶつかったのが20分前位。
痛そうに腰をさする彼に必死になって謝っていた所で後を追いかけてきた篠宮にそれを見咎
められたのが同時期で、成瀬と遠藤の「一緒に帰ろう」という執拗なお誘い攻撃から逃れられ
たのが10分前のことであった。そして先ほどかわされたのは5分前に会った俊介との会話。
一通り行きそうな場所を当たっているからもうそろそろ見つかるはずなのに。今日に限ってか
どこにも見当たらない。
どうしよう。
一体何処にいるんだろう・・・王様。
後見ていないところって、あったかな。
今まで訊ねた場所にいないのであれば、もう学園内の至る所をひたすら見て回るしかない。
「生物室と準備室だけはないと・・・して」
絶対に立ち寄らないであろう場所をまずは脳内で削除する。だが人間はどうも一つのことに
夢中になるともう一つのことが疎かになるようで、例に漏れず啓太もぼうっとしており声を掛け
られた事にも気がつかないでいたのだった。
「・・・た」
「弓道場は・・・行かないよな、多分。ってさっき篠宮さんにも会ったし王様のこと聞いても知ら
ないっていってたからな」
「啓太」
「美術室も無いだろうし」
「・・・私を無視するとはいい度胸だな」
「は・・・え?」
皮肉たっぷりなこの口調は。
恐る恐る顔を上げれば見紛う事なき「女王様」こと西園寺が腕を組んで立っていた。隣には
当然のごとく七条の姿もある。
「郁。そうキツい物言いをしては彼が困ってしまいますよ。こんにちは、伊藤くん。何か考え事
でもしていたのですか?先ほどから拝見していましたがとても難しい顔をしていますよ」
そう言うと七条はとんとん、と眉間を叩くと人差し指を当て、笑う。
「ここに、皺が出来るほど君の頭を占めていた問題とは一体なんなんでしょう?僕はとても気
になるのですが」
西園寺は啓太の元に近寄るとするりと頬を撫で、僅かに目を細めた。
「汗もかいているな・・・走ったのか?頬に髪が乱れて張り付いているぞ」
優しい仕草についぽうっとなってしまった啓太は彼がその名を聞くと顔色が変わるのもすっか
りと忘れ素直に訳を打ち明ける。
「あの俺王様を・・・」
「丹羽?」
ひく、と眉が吊り上がるのを間近に見た啓太は思わずひっと心の中で小さな悲鳴を上げてしま
った。
「ああ・・・また変なイベントをやるとか言って予算の増加を申し入れてきたな、この間」
「そうですね」
でも彼がどうかしたんですか?
決まっている。アレのことだ、また仕事放棄してそこらで寝ているんだろう。
自分の悪口を言われている訳ではないのに何故だかちょっと耳が痛かったりする。
「あの悪人さんに脅されて探しているのですか」
「ち、違います!そんなんじゃ・・・」
「丹羽会長にも困ったものですね。こうやってサボっていればとばっちりを喰うのは伊藤くんで
すのに」
「全くだ」
小さな抵抗の声は聞こえなかったようだ。
一頻り二人は言いたい事を言い終えると制止するタイミングをすっかり逃して固まっている啓
太に向き直った。
「伊藤くん、君がそこまで学生会に義理立てする必要は無いのではないですか?放っておい
ても会長は頃合を見てちゃんと戻ると思いますよ」
「実際、啓太が来るまでは中嶋が丹羽を探しに行っていたからな」
うざったそうに頬にかかった髪を直しながら西園寺が言った台詞が啓太の胸に小さな影を落
とす。
「そ・・・そう・・・ですね」
王様と中嶋さん。
俺がここに来る前からずっと付き合いが長い二人には、羨ましさならあるものの嫉妬などとい
う感情は微塵も抱いてはいない。
なのに何故今更西園寺さんの言葉に動揺したのだろう。
「啓太が来るまでは」
西園寺さんは悪意があって言ったのではないことぐらい分かっている。だが。
まるでそれは自分がいてもいなくてもいいのだと言われているような気がして、そう思ったら
無性に悲しくなってきたのだった。
王様はとても照れ屋だから、「好き」だとか「愛してる」とかいう言葉はなかなか口に出さない。
俺が数える限りじゃ10回にも満たないんじゃないだろうか。
人前でベタベタするだなんて論外。二人でいる時だって俺が誘導しない限り自分から手を出
しては来ないぐらい。
だからこそこういう時は野暮だと分かってはいても言葉で示して欲しくなる。
俺の存在が一体どれ位彼の胸の中を占めているのか、確かめたくなってしまう。
「王様、俺は本当に貴方にとって必要ですか?」
と。
結局二人からのお茶の誘いを丁寧に断った啓太がその後丹羽の姿を見つけることは出来ず、
結果を告げるなり静かに怒りのオーラを撒き散らした中嶋から解放される頃には日はとっぷり
と暮れていた。
何となく真っ直ぐ帰る気にならず、最後にと寄った中庭で。啓太は熊のように大きな影をそこ
に見つける。
まさか。
まさかまさか。
啓太は漸く気がつく。そういえば幾度か通ってはいたもののここだけはしっかりと見ていなかっ
たということに。
恐々声を掛ける。もう十中八九本人に間違いはないけれど。
「おう・・・さま?」
「おう」
熊、もとい丹羽は腕を組んでベンチに腰掛けていた。
「おせぇよ」
彼はふあああと喉奥が見えそうなぐらいに大きな欠伸をするとぽん、と自分の横を叩いた。
「まあ、座れや」
「あ・・・あの・・・」
「いいから座れって」
促されるままぺたりと腰を下ろすと丹羽は心配そうに啓太の顔を覗き込んだ。
注がれる強い視線に啓太は何もいえず黙り込んで俯く。
「遅かったな」
「すみません」
「・・・待ってたんだぜ」
「・・・え?」
意外な言葉に顔を上げると丹羽は普段見せない穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「お前が来るのをさ。仕事をサボるのは、まあ面倒だってのもあるんだけどよ。そんなモンは
ちょっとやる気をだしゃあ出来るしな。けど、なんだ。その・・・最近サボってこうやって寝に来
てるのはお前が迎えに来てくれるのが嬉しいからっていうか・・・」
「王様?」
「俺を見つけたって時の笑顔がな。すげぇ可愛いんだ」
王様が俺のことを可愛いだって?
そんな表現なんて滅多にしない人なのに。
かああと頬が熱くなるのを両手で押さえて、啓太はなんとなく目を逸らしてしまった。
「・・・おい、こっち見ろよ。お前がそんなんだと俺まで調子狂うだろ」
「だ、って」
顎を掴まれ無理矢理向かされた方向には熱っぽい眼差しの精悍な顔がある。
「今日は来るの遅かったから心配したんだぜ。一旦は戻ろうとしたんだがな、アレが部屋の前
にうろついていたんで引き返してきちまったんだ」
アレ、とはきっとトノサマのことだろう。
啓太はドキドキしながらどうかこの鼓動を悟られませんように願うのがやっとで。
「啓太?」
もやもやは既に消えていた。
聞こうと思っていたことは全て杞憂であることが分かったから。
「でも、その所為で俺は今日たっぷり中嶋さんに叱られましたよ?」
「う・・・それはその・・・すまん」
しゅんと項垂れる丹羽にくすくすと笑いつつ、啓太はその唇に軽く自分の唇を近づける。
そうして触れるか触れないかの絶妙なタイミングでそれを離すとぱっと鞄を片手に立ち上がる。
「啓太?」
てっきり続きがあると思っていた丹羽は肩透かしを喰わされぽけっとした表情を浮かべたまま。
「帰りましょう」
「あ・・・ああ」
差し出された手を漸く我に返った彼の節ばったごつごつした手が握り込む。
その温かさにほわんと胸の中があったかくなるのを感じつつ。啓太は横を歩く丹羽に言う。
王様?
んー?
今日誕生日ですよね。
ああ。
俺の部屋・・・来ます?
・・・ああ。その前にとりあえず風呂な。汗でべたべたなんだ。
俺もです。
じゃ、一緒に入るか。
はいっ。
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