|
土曜日の夜。
部屋の中にはパソコンとにらめっこ中の一人の男。その耳に微かな乾いた音が入ってきたの
は、とあるサイトにアクセスしようとしていた時のこと。
「はい」
この時間帯啓太の部屋を訪れる人物といえば勿論あの人だ。ただ今日はいつもよりちょっと
遅いようだった。
ドキドキしながら扉を開ければ、期待と想像どおりの人物が姿を現す。
「こんばんは、伊藤くん。お邪魔しても宜しいですか?」
「七条さん」
ジャケットは着用してはいないもののタイをきっちりと締めてベスト姿であるところをみると、恐
らく寮に帰ってきたばかりなのだろう。鞄も持っているから自室へもよらず、真っ直ぐに自分の
ところに来てくれたのだと鈍感な啓太にも分かったものだから。
嬉しさと心配がない交ぜになりつつ、彼は思わず訊ねてしまう。
「会計部忙しかったんですか?言ってくれれば俺、手伝いに行ったのに・・・」
「いいえ、ちょっとした野暮用です。それに、伊藤くんは昨日手伝いに来てくれたじゃないです
か。君は元々所属している訳ではないですし気に病むことはありませんよ」
七条とすれば愛しい人の心配を晴らしたいが為に放った言葉だったのだけれど、それは逆の
結果を招いたようで。
「そう・・・ですか」
「伊藤くん?」
啓太はしょんぼりと項垂れる。
「そう、ですよね。俺は・・・会計部の人間じゃ、ないですから」
誤解のないように言っておくが彼は決して拗ねているのではない。
好きな人の疲れている顔は見ていて辛いし、それを少しでも自分が軽減できる事があれば
何だってやってあげたいと思うのは恋人という立場であれば尚の事、当然の感情。
だが七条の「所属する人間ではない」という言葉はまるで自分が不必要だと、拒絶されてい
るように聞こえて。
そうしたら何だかとても悲しい気分になってしまったのだ。
七条はそんな啓太の心情を即座に察した。
「誤解を受けてしまったようですね・・・どうも僕は言葉が足りないようで」
言いながらそうっと指を伸ばす。
(・・・どんなに上手い言い訳を並べるより、きっとこの方がちゃんと伝わるだろうから)
顔を上げない彼を壊れ物を扱うように自分の胸に包み込めばその体はふるりと震える。
「・・・・・・」
頑なに自分を見ない彼はきっと、べそを掻いているに違いなかった。
その様子に七条の胸に愛しさが強く、こみ上げてくる。
思わずすり、と頭に頬を擦り付けると更に啓太の体は硬直。
子供に御伽話を聞かせるようなやんわりとした口調で、七条は言葉を続けた。
「除外視している訳ではないんですよ。心配してくれるのもありがたいし、とても嬉しい。ただ
君の顔を曇らせたくなくてああ言ったんですが・・・どうやら逆効果だったみたいですね」
「お・・・俺・・・」
啓太が遠慮がちに顔を上げ七条を見つめた。案の定目尻はほんのり赤い。
「今日遅くなったのは海野先生の用事も引き受けたっていうのもあったんです」
「先生・・・の?」
「ええ」
七条が大きく頷いた。
「既存データのバックアップを取りたいと言われたのでお手伝いしていたんですよ。思った以
上の量でしてね。かなりの時間が掛かりました」
「ああ・・・」
ずぼらなところがある先生の事だ、きっと容量がいっぱいになるまで放っておいたのだろう。
啓太の脳裏に彼が七条に泣きついている様がぽん、と浮かんだ。
「でもちゃんと報酬は貰ってきましたよ」
そう言って七条はズボンのポケットから何かを取り出すと、嬉しそうに啓太に手渡す。
啓太はその紙に書かれた字を読んだ。
「アクア・・・リウムの・・・招待券?」
「はい。何でも、新しく出来たところだそうですよ。この学園島からはバスで一本で行けるらし
いですし、明日にでも行ってみませんか?」
「デートですかっ!」
瞬時にして変わる表情を興味深げに見つめる七条の顔もどこか嬉しそうだ。
「そこには京都の有名な甘味処も入っているらしいんです。とても有名な所なんで並ぶかも知
れませんが・・・いいですか?」
「はいっ!俺七条さんと一緒なら何処でもっ!」
何度も頷く啓太。さっきまで泣きべそをかいていたとは思えないぐらい、実に晴れ晴れとした笑
顔だった。
「ところで」
啓太の部屋の中に入ってきた時から気になっていた事を七条が口にする。
「それは?メールでもやっていたんですか?」
机の上のパソコンを指差され、啓太は彼から体を離すとこれですか、と画面を見せた。
「占いです。今流行ってるんですよっ!クラスの友達が良く当たるんだって教えてくれました。
以来俺も毎日ここで自分の運勢をチェックしてるんです。ちなみに今日は些細なことでトラブル
発生ってありました。本当に当たるんですね。七条さんは?確か乙女座でしたよね?」
楽しそうに話す啓太を摺り抜けた先には、「Mr.sevenの悪魔の星占い」とある。
「・・・ええ」
七条は再び笑みを浮かべる。だがそれは、先程の物とは大きく意味合いが違った複雑なもの
となっていることに啓太は全く気がつかないでいた。
「・・・ふう」
自室へと戻ってきた七条は大きく溜息をついた。
タイを解くのもそこそこに、何台もあるパソコンのうち一台を起動させて自分はその前の椅子
にどっかりと腰を下ろす。
「まさか彼まで見ているとは・・・」
ネットを立ち上げた最初の画面に映っていたのは先ほど啓太が紹介していたあのサイトだっ
た。
「でも話題に上るのは・・・まんざら嫌な気分ではありませんね」
さて、と呟いて七条は尻を浮かし、再び椅子に座り直す。
「あんまり変な事を書いてしまうとまた気にしてしまうでしょうし・・・」
そうしてぱちぱちとキーボードを叩いて何かを書き込んでいったのだった。
「○月×日の牡牛座の運勢。幸運に恵まれた一日になりそうです。シングルの人は素敵な出
会いが、カップルの人は外出先で二人の愛が深まるような出来事が起こるかも。ラッキーカラ
ーは黄色。ラッキープレイスは本屋・水族館・美術館」
|