Blitz


【後】

 ここまで来て漸く気がついた。
 ルーク、ビショップ、クイーン、キング。これらは全てチェスの駒の名前だ。
 まだ出ていないのはナイトと、ポーンだけど・・・。
 前菜を食べ終え、メインの肉料理を運んでくれたルークさんと他愛も無い会話を交わしなが
ら俺は残る二つについて誰がそれに当たるのだろうという事を考えていたりした。
「食後のお飲み物はいかが致しますか?」
 紅茶かコーヒーか。訊ねてきたルークさんに俺は迷う事無く紅茶、と答えた。
 デザートを運んできた彼は自分を「ポーン」だと名乗った。
「その『滝』って奴はどの位俺に似てるん?」
 なぁ、なぁ、としつこく聞いてくる彼に俺が全部だと答えると、犬歯を覗かせながらにまっと笑
った。
「おもろいなぁ。会ってみたいわ、俺」


 俺だって会わせたい。みんなが彼らに会った時どんな反応をするのか、見てみたいよ。


 心の中でそんな事を呟きながら俺は皿の上のケーキとアイスを思いっきり味わって食べた。
 クイーンさんが頼んでくれたコースはかなりのボリュームだった。細いと言われながらも結構
食べる俺でも正直アイスの最後の一口は辛く思えた程だ。
 あとは紅茶か。何だろう。アッサム?ダージリン?それともアールグレイかな。
 ナプキンで口を拭った後、俺は苦しくなってきたお腹を擦った。


「お待たせしました」


 慌てて姿勢を正した理由。
 それは静かで優しく響いてくる声が俺が最も大好きな人のものだったから。
「七条さ・・・」
 言いかけて俺は口を押さえた。この人はおそらく最後の一人。残る駒の名前と言えば・・・
「ナイト、と申します。初めまして」
「俺・・・伊藤、啓太です」
「啓太くん・・・ですか。良い名前ですね」
 にっこりと微笑むその顔も、七条さんのものと全く同じで俺の胸が早鐘を撞くように高鳴りだ
す。
「コーヒーだったらビショップが注ぐはずだったんですけどね。君は実に良い選択をしましたよ。
あんなのよりも僕の入れる紅茶の方が断然美味しいに決まってますからね」
 ・・・関係も全く同じらしい。
 トポトポとナイトさんがカップに注いでくれる心地良い音を聞きながら、俺はその綺麗な横顔
をうっとりと見つめていた。ほくろの位置も同じ。アメジスト色の瞳も同じ。俺に毎日キスをして
くれる・・・唇も・・・寸分違わずそこに在る。
「・・・はい、どうぞ」
 視線に気がついたのか、「そんなに見つめられては照れてしまいます」と言って笑いながら
彼が俺の前にそれを置いた。
 何となく気恥ずかしくなってしまい慌ててカップを持って中の液体を流し込んだ俺はそれがど
んなに熱かったかを直後身を持って知る事になる。


「あっつぅ!」


 がしゃん、と投げ出すように置いたカップはバランスを失って倒れ、白いテーブルクロスに茶
色い染みをじわじわと作ってゆく。もうマナーもへったくれも無い。
 俺は感覚の無くなった舌をどうにかしようと水の入ったグラスを手に持とうとするが、それよ
り何よりナイトさんの唇が俺に触れる方が早かった。

「んっ・・・」

「火傷をしたんですね。大丈夫・・・唾液には殺菌作用があるんです・・・知ってますか?」
 腰が砕けそうな位に優しいキスもそう。もう俺にはどちらが本物でどちらがそうでないのか、
分からない。既に頭の中はぐちゃぐちゃだった。
「可愛いですね・・・もっと君に触れたいのですが、いいでしょうか?」
 囁く声も同じ。俺のシャツのボタンを外すその長い指も。何もかも同じだ。


「・・・はい」


 完全に冷静な判断が出来なくなった俺はぼうっとしたまま深く、頷いた。


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・・・くん。


・・・・・・伊藤くん。


「起きて下さい、伊藤くん。こんなところで寝てしまっては風邪を引きますよ」
 揺さぶられて目を開けた俺が最初に見たものはさっきまで一緒にいた人と同じだったから。
「ん・・・ないと・・・さん?」
 呼んだ名前に七条さんは少しその切れ長な目を見開いて首を捻る。
「何ですか、ナイトというのは」
 その言葉に、俺の頭の中はまるで雲が晴れてゆくようにどんどんクリアになっていく。
 あれ?俺・・・
「伊藤くん・・・何やらぶつぶつと呟いていましたが・・・何か夢でもみていたんですか?」
 こつんと七条さんは俺の額に自分のそれを押し当てた。
「熱は、ないようですね」
 ・・・そうか、あれは夢、だったんだ・・・
 にしては随分リアルで生々しくて、俺はさっきまで夢の中でしてもらった事をあれこれと思い
出して一人で慌てる。
 自分では気がつかなかったけれど寝癖がついてしまっていたのか、七条さんは優しく直して
くれて。その合間にこんな事を言った。
「何だか良い事でもあったんですか?幸せそうな顔をしていましたよ」
 イイコト。
 良い事・・・だったの・・・かも、知れない。だって夢の中で俺は一杯七条さんの顔をしたナイ
トさんに「好き」って言って貰えたのだから。
「・・・内緒です」
 俺がいつも彼がするポーズを真似たら、七条さんは「参りました」と言ってふふふ、と笑った。




 その後、ぽろりと俺が零してしまった夢の話はあっという間に関係者の間に広がり。
「俺の名前、何だったんだろう」と悩む和希と。
「へぇ、面白い事もあるもんだ」と豪快に笑い飛ばす王様と。
「下らん」と一蹴する中嶋さんと。
「その日は私とチェスをしていたからだろうな、啓太がそんな夢を見たのは。だが、なかなか
興味深い内容だ」と言いながら頬杖をついて微笑む女王様と。
「酷いよハニーっ!僕はハニーの夢の中には出てこなかったの?!」と嘆く成瀬さんと。
「ポーンて言ったら使いっぱしりやんっ!まぁ言い得て妙やけどな」で、夢ん中の俺は男前や
ったんか。なぁ、なぁと夢の中と全く同じに迫ってきた俊介と。
「面白い夢だ」といって笑う岩井さんの横で「俺は啓太にどんな事を言ったんだ?」と自分の行
動がとっても気になるらしい篠宮さんと.。
 そして。




 七条さんの部屋にいる。今は何時だろう。電気が点いていないから時間が分からない。
 七条さん、七条さん、とうわ言の様に呟きながら伸ばした俺の両手をしっかりと握り締めて、
七条さんは「大好きですよ、伊藤くん」と何度も囁いてくれて。
 あんまりにも気持ちが良くて、あんまりにも幸せで。俺は何度意識を飛ばしたか知れない。
「いくら顔が同じと言ってもそれは僕では無いですからね・・・複雑です」
 
その後二人で寄り添ってさあ眠ろうかとしていた時。七条さんは俺の右手の小指をそっと口
に含みながらそんな事を言った。その熱さに又俺は呑まれそうになってぶん、と首を振り小さ
く呟く。
「・・・俺思ったんです」
「何をですか?」
「夢にまで・・・七条さんが出てきてくれて・・・」
「名前は違いますがね」
 まだ気にしているらしい。
 俺の為にそんな夢の中の存在にまで嫉妬をしてくれるこの人にどうしようもない程の愛しさ
を感じながらこう答える。
「俺って・・・本当に七条さんのこと、大好きなんだなぁって。そう、思いました」
 すると七条さんは。軽く息をついたかと思うとぎゅうと呼吸が出来なくなる位強く、俺の体を
抱き締めた。
「そんな風に思っていてくれるなんて・・・幸せですね」
 そのまま俺の体を組み敷くと必然的に上になった彼は優雅に微笑み、そして言ったんだ。


 では、感謝の気持ちとありったけの愛情を込めて。


「もっと君の体に触れたい・・・いいでしょうか?」


「・・・」


「答えは?啓太くん」


 七条さんは夢の中でも現実でも、実に意地悪で、その上おねだり上手だった。



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