気がつくと、俺は森の中を一人さまよっていて。
何故ここにいるのか。理由なんて全く分からなくて。ただ一つだけ分かっているのは、ここに
いたら遅かれ早かれ確実に俺は殺られるだろう、という事。
暗くてよく見えないが左右の茂みの中。不連続に聞こえてくる獣のような息遣いと唸り声が
その証拠である。しかもそれは足を進める度にどんどん増えていくではないか。
もう一刻の猶予もならない。
俺は脇目も振らずただ、ひたすら前だけを見つめて走り出した。
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どの位たったのだろう。もう本能のままに足を動かしていたから、覚えていない。
漸く走るのを止めたのは、「何でこんな所に」と疑問が湧くような大きな建物が目に入ったか
ら。
煉瓦造りでヨーロピアンなそれの扉の直ぐ横には木で出来た看板が立てられている。
なになに・・・
『リストランテ・ベルリバティ』
リストランテ・・・って・・・レストラン・・・だよな?
何故森の中に?しかも一軒だけ?人なんて来るのだろうか。
しかし疑問は背後より迫りくる獣達の足音にかき消された。もう考えている余裕は無い。
建物があるという事は人が住んでいるという事だ。
そう思った瞬間反射的に体が動き、俺はチョコレート色の扉を勢いよく開けていた。
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「いらっしゃいませ」
後ろ手に扉を閉める俺に、深々と頭を下げたその人物には見覚えがあった。
いや、あったというより見慣れてるというべきだったろうか。
「か・・・和希?お前何でこんなところにいるんだよっ」
「は?・・・申し訳ございませんがお客様、私は貴方とは面識がございませんが」
「嘘?だってお前、和希じゃないか・・・俺のこと忘れちゃったの?」
泣きそうになりながら俺が和希・・・だと思われるその人の腕にしがみつくと彼は困ったよう
に笑いながらこう言った。
「私は和希という名前ではありません。それよりお客様、お席へどうぞ。ご案内致しますので」
名前を名乗らず、その和希に似た彼は奥の丸いテーブルへと案内すると椅子を引いて俺を
そこへと座らせる。
「只今メニューを持ってこさせます」
では、といって彼は俺の元から去っていった。どこからどう見ても和希にしか見えなかったん
だけどな・・・
ぽつんと残され、周りを見渡してみるとお客はどうやら俺一人のようだ。
「そりゃそうだよな・・・場所が場所だもんなぁ」
左右にはキチンと並べられたナイフとフォーク。手前にはグラスとナプキンが置かれている。
フランス料理のお店・・・なのかな?
首を傾げたその時だ。
「メニューをお持ち致しました」
又しても聞き覚えのある声に顔を上げた俺は小さく悲鳴を上げてしまった。
「し・・・篠宮さんっ!何してんですかっ」
「篠宮・・・?私の名は『ルーク』と申しますが」
俺の手にメニューを置くその人はどうやったって篠宮さんにしか見えないのに。さっきの人と
いいこの人といい、そっくり過ぎて別人には思えない。
「え・・・と、ルーク、さん。俺、伊藤啓太です。知ってますか・・・?」
念の為、確認をしてみたけれど。
「・・・すみません。存じ上げませんね」
返って来た答えはさっきの和希・・・(服装から言って多分オーナーだと思われる)に似た彼
のと全く同じだった。
しゅんと項垂れた俺に、「申し訳ありません」と謝ってそのルークさんは足早に去っていった。
あーあ・・・
仕方なく渡されたメニューへと目を落とす。
中には何語か分からない字がずらずらと並んでいた。読めない。何が料理で何が飲み物か
すら分からない。するとそこへ。
「お水をお持ち致しました」
グラスへ水を注いでくれたのは、中嶋さんだった。いや、もう俺は騙されない。確かに見た目
は中嶋さんだが。
「あの・・・貴方の名前は・・・?」
俺がおずおずと聞くと、問われた彼は眼鏡を押し上げ、ふん、と鼻を鳴らした。
「・・・客にいちいち名乗るほど俺は安っぽい人間じゃあ、ない」
・・・性格は中嶋さんそのものだ。やっぱり本人だろうか?そう思って俺はまた同じ質問を彼
にしてみた。
すると彼の眉間の皺はますます深くなり。俺の顎をぐっと掴むと自分に引き寄せ唇が触れる
か触れないかの距離ですごんできた。
「お前の知り合いにはそんな変な名前の奴がいるのか。しかも俺と同じ顔だと?不愉快だ。
今度そいつに会ったら言っとけ、すぐにでも改名した方が良いとな。俺の名前はビショップだ」
くくっと唇を歪めるそのビショップ・・・さんが俺の顔から手を離した時、額に微かに唇が触れ
たような気がしたのだけれど何事も無かったように去ってゆく彼を見ると、それは気のせいだ
ったのかも知れない。
「あ・・・」
しまった、注文し忘れた。
再び何か一部分でも意味が分かるものが無いかとメニューに目を落とすも、その努力は空し
く空回りする。何をどうやったって分かる言葉が一つとして、無いのだ。
「ご注文はお決まりですか」
焦れた様子で俺の前に現れたのは、何と西園寺さんだった。しかもギャルソン服だった前の
二人とは違い、彼だけは何故かメイド服を着用している。
まじまじと見つめる俺の視線が不愉快に感じたのか、靴をカツカツと鳴らしながら彼が睨んで
きた。
「私の顔に何かついていますか、お客様」
「ご・・・ごめんなさい。さっきから本当に知り合いに似ている人ばかり出てくるのでつい・・・」
「で、私もその一人だと、そういう事か?」
何か威圧的なその物言いはやっぱり西園寺さんで。でも恐る恐るその名前を尋ねてみると。
「私の名前はクイーンだ」
そのものズバリだった。
「それより注文は?決まったのか?」
早くしろ、と女王様・・・いや、クイーンさんは怒りを孕んだ語気で俺に詰め寄る。
「メニューが・・・読めないんです・・・」
仕方なく俺がメニューを開いてそのクイーンさんに見せると彼は信じられないといった風に肩
を竦めた。
「読めないだって?・・・信じられないな。まぁいい。私が決めてやる・・・よし、これにしよう」
メニューを取り上げ勝手に注文票にサラサラと書き込むその様子をあっけにとられて見てい
ると、「それではな」と言ってスカートを翻し、靴音を高く鳴らしながら彼は離れていった。
漸くまた一人になった俺は自分で自分を宥めつかせる。
落ち着け、落ち着け俺。多分何かの間違いで俺は別の世界へ迷い込んでしまったんだ。
グラスを手に取り、ごくごくと水を飲み昂ぶる鼓動を抑えようとしたが一気に飲んだので器官
に入ってしまいゲホゲホと咽てしまう。
「なーにやってんだぁ?おい、大丈夫か?」
がしがしと背中を擦ってくれる大きな手は。
「ほい、前菜。お前細っちいなぁ。沢山食わないと俺みたいに強くなれないぜ」
もう誰だか見なくても分かる野太い声とその口調は。
「さっきビショップの奴に聞いたんだけどよ。俺達に似た奴が知り合いにいるんだってな。じゃ
あさ、俺に似た奴ってのもいんのか?」
「・・・あ、はい」
「名前何ていうんだ?」
「丹羽・・・丹羽さんです。皆からは王様って呼ばれてるけど」
「王様かぁ。何だ、じゃあ俺と同んなじじゃねぇか」
「え?貴方の名前は・・・」
俺はその答えを聞いて大笑いしてしまった。西園・・・クイーンさんの時は怒られると思って
我慢していた分、余計に。
「キングってんだ」
[つづく]
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