Kiss&Kiss(七条臣の場合)



その時七条は首をぱきぱき鳴らしながら目の前の画面をじっと見つめていた。
開かれているのは会計部のデータベースファイル。各部別に予算とその収支、さらに大会等
の結果、各部員の特徴、行動等。此れでもかとばかりに事細かに記載されている。来年度の
予算を決定するのに必要不可欠な資料だ。もちろん極秘。
定期的に学生会に提出を求められるため、プリント用と参照用の二つのファイルを用意してあ
る。
学園祭も近い為、この時期は会計部に臨時予算の要請が後を立たない。
無論全てにOKサインを出すわけにはいかない。まず七条のところで大方ふるいにかけ、最
終的には西園寺が判断を下す。
「手芸部は・・・今年もファッションショーですか。企業サイドからの要望も強いですし、何だかん
だ言ってもあの人の腕は確かですからね・・・でもあの成功はモデルのおかげもかなりあるん
でしょうけれど」
まぁ、それ程大きな額ではないですしこれならOKでしょう。
きゅぽん、と赤いペンのキャップを取り丸をつける。とりあえず七条チェックは通ったと言う証だ。
次の部活は・・・化学部か・・・
嫌な事件を思い出し、なだらかな額にゆっくりと皺が寄せられていく。

・・・ん・・・?

かさ、と何かが動く気配を感じて。
首だけを捻って後ろを振り返るその目に映ったのは早足で奥の書庫へと歩いていく後姿。

なるべく音を立てないように、七条はそうっと椅子から立ち上がる。
そうして吸い寄せられるように、彼もまた奥の書庫へと消えていったのだった。


「えーっと・・・どこかなぁ・・・」

こちらとあちら、書棚を行ったり来たり。啓太は動物園の熊のようにうろうろと彷徨っていた。
自分よりは使用頻度が高いという和希にたずねてみると「今なら図書館にあるんじゃないか
」と言われてやって来たまでは良かったけれど。
場所については恐らく一番奥の書庫だろうとまでしか聞いていなかった。実際来て見てその
蔵書の多さにびっくりしてしまった。

「困ったなぁ・・・」

これ全部見て回んないとだめかな・・・
諦めかけてそっと溜息を吐き出した時に不意に。

「何かお探しですか?」

ふうっと吹きかけられた息の熱さに。
耳許をくすぐる声の甘さに。

驚いてしまった啓太は思わず大きな声を上げてしまう。

「わっ!!!」
「ふふ」

一方、期待通りの反応だったことに満足したらしい七条は薄い笑みを浮かべた。

「いつもの席で作業していたのですが・・・君が気づかずに行ってしまったので、ここまで来て
しまいました」

ドアには「立ち入り禁止」の紙を貼っておいたのですけれど・・・気がつきませんでしたか?

「あ・・・」

言われて啓太はしゅんとなった。
だがすぐに「まあ君だからいいんですけど」と言ってくれたので少し救われた気分になる。

「それより、もし困っているようでしたら僕も一緒に探すの手伝いますよ。どんな本です?」
「あ・・・いいんですか?お忙しいんじゃ・・・」
「大丈夫ですよ」
「じゃ、あの・・・これ、なんですけど」

差し出されるノートの切れ端らしいいびつな形をした紙に殴り書きされたタイトル名。七条はあ
あ、と言って啓太を残しスタスタと先に立って歩き出した。
やがてとある書棚の前に立つと目の高さにある段からひょいと一冊の本を取り出して彼に見
せる。
それは背表紙がやや手垢で薄汚れて、全体的にやや黒ずんでいるがきっと元は鮮やかな
赤だったのだろうと思われる小さな本だった。

「これですね」
「凄い!何で直ぐわかったんですか?」
「僕もこの本読んだことがあるんですよ。それにここの本はほぼ読み尽くしていますからね。
何が何処にあるか、大体のものなら多分空で言えると思いますよ」
「うわぁ・・・」

感嘆の声を上げて啓太は七条に駆け寄った。
そして渡された本を大事そうに胸に抱きかかえると嬉しそうに話し始める。

「これね。クラスの友人から勧められたんです。すごく面白い本だから読んでみた方がいいっ
て」
「そうですね。僕は創作話とかは普段読まないんですがその本は割と好きですよ」
「そうなんですか?」

啓太の顔がぱあっと明るくなった。

「うわぁ、俺すっごくこれ読むの楽しみになってきました」

ありがとうございます。
ぺこ、と頭を下げる啓太に対し、七条の中でとある欲望がむくむくと頭を持ち上げ始め。

ぴこ。
ぴこぴこ。
ぴこぴこぴこぴこ。

啓太からは決して見えない、黒い尻尾と羽がにょきにょきと生えはじめる。

「あの・・・実は僕も本を探しているのですけど」
「そうなんですか?もし良かったら俺も探しますよ」
「ええ、ありがとうございます」

えーと。

ゆっくりと考える振りをして。七条は啓太の直ぐ左隣にある書棚の一番上を徐に指差した。

「あそこの左から5番目にある本なのですが・・・ああ、側に踏み台がありますね。
位置的に僕よりも君の方が近いようですから申しわけありませんが取ってもらえますか?」
「はい、お安い御用です!」

七条の役に立てるという嬉しさを隠すどころか全面に押し出して啓太は微笑んで台に足を掛
けた。

「これですか?」

取る前に確認の為に七条を振り返ると彼はそうですというように頷いて見せる。

「はい・・・どうぞ」
「ありがとう。ああ、そうだ。そこから・・・一気に降りないで一段だけ降りてもらえますか?」
「いいですけど・・・何ですか・・・ぅんっ・・・?」

何?
俺・・・これ・・・もしかして。
ううん、もしかしなくてもキス・・・されてる?

時間にしたらたった3秒ぐらいのものだったろう。それでも啓太にとってはとても長い時間のよ
うに思えた。ふわふわと蕩けそうで、気が抜けてしまいようになるぐらい優しい七条のキス。
こういう不意打ちのキスに啓太は未だに慣れない。宣言してからされるキスもドキドキして心
臓が壊れそうになるっていうのに、心の準備が出来ないままやられてしまうともうどうして良い
やら分からなくなってしまう。

「ふふ。一度試してみたかったんですよ」

唇を離した後。名残惜しそうにその輪郭を撫でる七条の指に、とろーんとしたまま啓太は「何
を?」と訊ねる。

「いつも僕が上なので、逆だったらどんな感じかなぁと思って」
「・・・どんな、感じでしたか?」

頬が赤らむのをどうやったら止められるんだろうか。
自分で自分のほっぺを押さえ、七条の顔をじっと見下ろす啓太に彼はにこやかにこう告げた
のだった。

「・・・なかなか、いいもんですね」



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