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昔々、とある国のお話。
治めていたのは一人の王です。彼は既に年老いてはおりましたが賢く、また自らの権力に溺
れることなく全ての民に分け隔てなく接していました。
そのため彼を悪く思う人はこの国には殆どおりませんでした。
又、様々な才能に恵まれた彼の息子達九人も国民に慕われていました。
母親の違う王子たちの中には生理的に合わない者もいたようですが、全体的に年が近いこと
もあってかそれなりに仲良くやっていました。
ある日のことです。
王様は九人を大広間に集め、ふさふさした白い顎鬚をなでつけながら徐に目の前の一人の
王子に向かって話し掛け始めました。
「相変わらずいい体つきじゃのう、テツヤ。どうだ、剣の腕は上がったか」
するとテツヤと呼ばれた王子はその場で袖を捲り、腕に力瘤を作ってにっと笑いこう答えます。
「当ったり前よ。この間もヒデに手合わせしてもらったけど全然相手にならなかった。もう剣の
腕じゃあ俺の右に出る奴ぁいねぇな」
一方テツヤの横にいたヒデアキは、眼鏡を押し上げ不愉快そうに眉を顰めました。
「あの時はたまたまだ。第一お前の剣筋はめちゃくちゃじゃないか。フォームも技もあったもん
じゃない」
その言葉を受け、テツヤの剣の指南役であるコウジが深く頷き賛同しました。
「ヒデアキが正しい。お前のはただ剣をめったやたらに振り回しているだけだ」
「面倒くせぇんだよ。第一な、実際戦場に出たらフォームだ何だなんて気にしちゃらんねぇだろ
うが」
「だからこそ技が必要なんだろう。争いは未然に防げるものなら防ぎたいがもし戦うとなれば
如何に被害を少なくするかがポイントとなってくる。今のお前の剣さばきでは関係の無い民ま
で巻き込んでしまいそうで恐ろしい」
「んだと、コウジ。俺だってそこまで馬鹿じゃねぇぞ。ちゃんと周りは見えてるさ」
「ふん、どうだかな」
「ヒデ・・・てめぇ喧嘩売ってんのか」
「いい加減にせんか!」
びりびりと鼓膜を突き破るような大声に、びっくりした三人は一斉に俯いてしまいました。王は
やれやれと肩を竦めながら更に言葉を付け足します。
「テツヤはこの通り頭に血が上りやすい性質だから仕方ないにしても、ヒデアキとコウジ。
お前達まで熱くなってどうする」
「おいおい仕方ないってなんだよ、オヤジ」
「言葉の通りだ」
「・・・ちぇっ」
「・・・・・・」
「・・・申し訳ございませんでした」
不貞腐れるテツヤの横で頭を垂れるヒデアキとコウジの二人の王子もぐっと唇を噛み締めな
がら謝罪の言葉を述べました。
「うむ」
王は一度深く頷きました。その後今度は未だ黙ったままの六人の王子に話し掛けます。
「カオルはどうだ。また本の虫か」
「・・・虫、というのは如何なものかと存じますが」
長い桃色の髪を指で梳きながら、カオルと呼ばれた先ほどの彼らに比べたらやや小柄な王子
が不愉快そうな面持ちで答えました。
「生憎私は剣とかいう野蛮なものには興味がありませんので。オミに本を運ばせて自室で今
日もざっと二十冊程に目を通しておりました。なぁ、オミ」
「ええ、カオル」
微笑んだ彼の右の目元には小さなホクロが一つ。彼が持つ銀色の髪はこの国ではとても珍し
く、その為彼が町を歩くと必ずといっていいほど女性達は振り返り、その美しさに羨望の眼差し
を向けたのでありました。
「オミは?お前は占星術が得意であったな」
「はい、父上」
カオルから王へと視線を移したオミは恭しくお辞儀をし、手に持っているのは皮製の手帳でし
ょうか。大事そうに抱えたそれをぱらりと開いて今日の占いの結果を淡々と伝えはじめました。
「つい先ほども予見をしていた所でした。それによるとこれから人生観が変わるような出来事
が僕たちに降りかかると出ています。良い事か悪い事なのかまでは分かりかねますが」
すると王の眉がぴくりと動きました。彼はわっはっはと体を揺すって大きな声で笑った後でう
んうんと満足そうに頷きました。
「それなら話は早い。ずっと気になっていたのだがの。お前達ももう嫁を娶っても可笑しくは無
い年頃じゃ。しかしだ。未だそのようなめでたい報告は一つも無い」
「何を言い出すかと思ったら・・・」
王の言葉に一番早く反応したのは、金の色の長い髪を後ろで一つに結わいたユキヒコです。
「嫁っていっても・・・好みのタイプとかもあるやん、なぁ?それにまだ早く無いか?」
大きな目をくりくりと動かしたシュンスケが隣のサトシに同意を求めます。大きな猫を胸に抱い
たサトシもうん、と小さな声で答えました。
「何をいっとる。ワシがお前の年にはもうお見合いの一つはしていたもんじゃぞ」
シュンスケはへぇ、と下唇を突き出しおどけたような様子でサトシが抱いていたトノサマにそ
うか?と問い掛けますがトノサマはおねむな様で、気持ちよさそうな寝息を立てていました。
「・・・・・・」
王の話は更に続きます。
「ワシが何もかもお膳立てして見合いをさせても納得はしないじゃろう。そこでだお前達。各々
町や村、他国に出向いて自分に合った花嫁を見つけて来い。別に王女でなくとも良い、血筋
は問わん。だが従者はつけるな。今着ているような上等の服は脱いでいけ。王子だと云う事
を悟られてはならぬ。権力や財力などといった無駄なものを全て捨てありのままのお主たち
を愛してくれる者こそ真の伴侶となるべき人だ。お前たちが一刻も早くその様な女性を連れて
くるのをワシは楽しみにしておるぞ」
「・・・俺たちが」
「自分で?」
何て事を言い出すのだろうと、王子達は皆口をあんぐりと開けて固まってしまいました。
その中で真っ先に意見を述べたのは、王子の中でも一番影が薄いタクトです。
「・・・俺はそういうのには・・・興味がない」
弱々しく、けれどはっきりとした口調で答えた彼は、人付き合いが余り得意では無い王子でし
たが芸術に関しては類稀なる才能を持っており城内の殆どの絵は彼が描いたもので、この城
を訪れた人々は皆、口を揃えて感嘆の声を上げる程でした。
「タクトはそう言うと思ったわい。じゃがこれは命令じゃ。この国の王であるワシのな。例え息子
であっても反対は許さぬ。さぁ、とっとと見つけて来い」
「うわ、横暴!」
「父上、ちょっと考える時間を・・・」
「ええい煩い!早く支度をして出かけるが良い!」
王がぱんぱん、と手を叩くと脇に控えていた従者達が王子達を広間の出口まで引き摺り、彼
らの鼻先で重いドアは無常にもばたんと閉じられました。
「・・・どうする?」
重い口を開いたのはユキヒコでした。いつもは明るい能天気な彼も少しばかりの不安がよぎっ
のかも知れません。
「やるしかねぇだろ」
「そのようだな」
「気が進まないが、仕方在るまい」
「ま、なるようになるか。こうやってここでグズグズしとっても埒があかんし」
「ぶにゃあ」
「なぁに、トノサマ・・・大丈夫、きっと見つかる?ふーん・・・トノサマがそういうなら僕頑張って
みようかなぁ」
「・・・俺も・・・行くしかないのか・・・」
「タクト、父上の命は絶対だ」
「そう・・・だな」
その日の夜更け。粗末な身なりで愛馬に跨った九人の王子はこうしてそれぞれ自分にふさわ
しいと思われる花嫁を探しに、旅に出かけたのでした。
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そうして彼らが旅立ってから約一ヶ月が経ちました。
王様は人の少ない城内をぶらぶらと歩きながら王子達の身を案じておりましたが同時に誰が
一番最初に嬉しい知らせを持ってきてくれるのだろうかと半分楽しみにもしていました。
「そろそろ来てもよい頃じゃがのぅ・・・」
やがて歩き疲れて玉座に戻り、頬杖をついていたところで一人の従者が駆け込んできました。
「お・・・王様っ!王子が戻られました!」
「何と!して一番乗りは誰じゃ!」
「いえ・・・その・・・」
ちょっと言い難そうに口を濁した彼でしたが早ぅ申せと王にせっつかれ渋々といった表情でこ
う答えました。
「全員です」
「何?」
「全員が一緒に戻ってこられました・・・しかし皆、花嫁らしき女性は連れておりません」
大広間です。
イライラした様子で肘掛けを指でコンコンと忙しなく叩く王が王子達を睨みつけました。
「で?何故誰も花嫁を連れておらぬのだ?このワシの息子でありながら収穫もなくよくおめお
めと戻ってこれたものだな」
王子達は項垂れ黙っておりましたがやがてコウジが意を決したように顔を上げ王の前に一歩
進み出ました。
「実はこれには訳があるのです」
「訳とな?」
「はい」
分かり易くかいつまんで話す予定だったコウジの横からテツヤが水を差すお蔭で話があっち
こっちに反れてしまうトラブルもありましたが要点を述べるとこうでした。
王子達はそれぞれ色々な町や村へ赴きあらゆる娘に会ってみました。しかし誰一人彼らのお
眼鏡に叶う者はおりません。
しかも僅かなお金と食べ物しか持たずに城を出された所為で野宿は当たり前な状態。元々タ
フなテツヤは殆ど問題なかったものの、カオルやタクトに至ってはノイローゼ寸前だったといい
ます。
やがてある場所で合流する事になった九人はその後も旅を続けましたが全く収穫なし。
精も根も尽き果てぼろぼろになった彼ら。しかし思わぬ場所で漸く彼らは理想に合った人に出
会う事が出来ました。
彼らの国と隣の国のちょうど境に当たる川の下流にあった一軒のボロ屋。そこに住んでいた
一人の青い瞳の美しい女性に王子達は助けられたのです。
彼女の身なりから決して裕福な暮らしをしているとは思えなかったけれど、誠心誠意自分達
に尽くして寝床や食料を提供してくれる彼女に彼らは一目ぼれしました。
俺が先だ、いや俺の方が先だと小競り合いを繰り返しては抜け駆けしないよう牽制しあう王子
達。
やがて「フェアに行こう」というテツヤの提言で彼らは一斉に彼女にプロポーズしたのですが。
結果は見事に「NO」。
『自分には既に婚約者がいるのです』
返ってきたのはそんな答えでした。
失意の彼らはそれでも何とか花嫁候補を見つけ出そうとしましたが彼女以上の人にめぐりあ
う事が出来ず、泣く泣く城に戻ってきたとそういうことでした。
「うーむ、不思議な事もあるもんじゃのう・・・好みの違うお前達が皆惹かれたというその娘、
ワシも会ってみたいものじゃ」
「もう会う事もない・・・恐らく」
タクトが悲しそうな瞳でそう言った時です。
「父上はいるか!」
何処からか聞覚えの無い声がしました。
ざわめく城外に王も、王子達も何事かと首を傾げます。
やがて。
勢いよくドアが開き、大股でずんずんと歩きながら一人の男が意気揚々と入ってきました。
あっけに取られる周りを他所に、彼は王の目の前まで来ると片膝を追って深々とお辞儀をしま
す。
「父上・・・お久しゅうございます。カズキでございます」
はっと弾かれたように王が立ち上がり彼の元へと駆け寄りました。
「おぉ・・・おお!カズキ、カズキか!よく・・・よく戻ってきた!」
「おい、あれ誰か知ってっか?」
小声でヒデアキの耳に囁くのはテツヤです。
「そういえば・・・聞いた事がある。父上には俺たち九人の他にもう一人王子がいるのだと。
年は少々離れているらしい。十年以上前に花嫁候補を探しに城を出たとの噂だった」
「俺は知らなかったぜ、初耳だ」
「俺もだ」
「僕もだよ。ねぇトノサマ」
「にゃー」
一方自分の兄弟達である九人の王子達をぐるりと見渡したカズキは誇らしげに微笑み、高ら
かに叫びます。
「長い旅でしたが・・・やっと見つけることが出来ました。自分の理想の人を。父上、俺はこの
人と結婚します!さぁ、入っておいで、ケイタ」
「・・・あの・・・えっと・・・はじめまして。ケイタ・・・です」
「あーーーーーーっっっっっ!!!!!」
九人の王子は同時に叫びました。
無理もありません、なぜなら。
手芸が得意だというカズキが作った白いドレスに身を包み、しゃなりしゃなりと入ってきたのは
つい先日自分達が振られたばかりのその人だったのですから。
しばしその美しさに見蕩れていた王でしたが、やがて大事なことに気がつきました。
「カ・・・カズキよ。その・・・このケイタという者は・・・女性ではないような気がするのだが?」
「はい、そうですよ。でも愛してしまったものは仕方ありません。俺は例え父上の反対があっ
ても彼以外を妻に娶る気は無いし、彼以外を好きになることも無いですから」
「カズキ・・・」
青い瞳を潤ませてケイタがその腕にしがみつきました。
二人は視線を合わせて嬉しそうに微笑みます。それはまるで本当の夫婦のようでした。
「ケイタは男だったのか・・・」
「しかもよりにもよって婚約者が義理とはいえ俺たちの兄弟だったとはな・・・」
今度こそ完膚なきまでに叩きのめされた九人の王子たち。気持ちの切り替えが早くこれでい
つでも彼にちょっかいが出せると息巻くユキヒコ以外は余りにショックが大きすぎたのでしょう。
皆それから三日間ほど自室に引き篭ってしまったそうです。
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