付き合ってやる



コーヒーカップを片手に学生会室の窓際に立てば、否が応でも目に入る癖の強い茶髪。
ちょこまかと動き回る奴だ。しかも動作に無駄が多いからよく転ぶ。
・・・ほら、俺がそんな事を考えている僅かなこの間にも、躓いている。
運は良くても要領は悪い、か。
転入してきた時の感想は、今でも変わる事はない。
だが、余計な仕事だった「丹羽を探す手間」が省けているのだからアレはアレなりに一応役
には立っているのだろう。無いよりはましぐらいの。
カップの縁に口を当て中身を一気に煽る。口中に広がる独特の苦味と酸味に目を細めた。
俺の最も気に入っているテイストだ。
そういえば。
気紛れでアイツに一口やった時に「こんな苦いのよく飲めますね」と渋い顔でカップを戻され
た事があったか。
まぁ当然といえば当然だ。お子様を絵に描いたようなアイツには到底理解できない味だろう。


ふ、と笑みを漏らし、尚も観察を続けていると。
ぼうっと突っ立っていた啓太は何かを見つけたのか、頻りに手を振っている。
視線を巡らしその対象を捉えるなり俺は顔を顰めた。同じく手を振りながら走ってきたのは、
日頃一つ覚えみたいに「好き」という言葉を大連発しているテニス部の主将だったからだ。
交わされている会話などにははなから興味など無いが、べたべた触り捲るスキンシップ過剰
な能天気な馬鹿に抱き締められて、へらへら笑みを浮かべているアイツの顔が勘に触る。
「・・・・・・」
「・・・・・・!」
「・・・・・・」
「・・・・・・(照)」


「・・・ふん」
変なものを見てしまった所為で、胸糞が悪い。
コーヒーを再び啜ろうとして中身が無い事に気がつき軽く舌打ちした俺の耳に、野獣の咆哮
にも似たような騒音が入ってきた。
見れば、丹羽が書類の山に突っ伏してぐごご、ぎいぃ、といびきと歯軋りを繰り返し、熟睡して
いる。
パソコンデスクにカップを置き、俺は作業机にそっと近づいた。そうして無防備な彼に固く握っ
た拳をガツンと一発。
「痛ぇっ!」
がばっと起き上がった丹羽は後頭部を押さえながら何が起こったのか分からないといったよ
うにきょろきょろと辺りを見回した。
「大切な書類に涎を零すな。まだまだ在るんだ、全部目を通してもらうぞ・・・今日中にな」
「あ・・・寝ちまったのか・・・悪ぃな。けどヒデ・・・もうちっと起こし方ってもんがあんだろ」
いちち、首をぐるぐると廻し「学生会長」様は不服そうに口を尖らせた。
「煩い」
「なーんだぁ?妙に今日機嫌わりぃな、お前」
「気のせいだ」




だが俺の機嫌はそれからも直る事はなく、それどころか更に利子をつけるような形で何日か
が過ぎていった。




「王様、中嶋さん。こんにちはっ」
アイツが漸く学生会室の扉を叩いたのはそれから一週間後の事だ。
「何かお手伝いする事はありますか?」
にこにこと少しも悪びれない態度に、俺の眉間の皺は一気に深くなる。
「・・・あれ?中嶋さん、どうしたんですか?何か機嫌が・・・」
「あー、その、啓太。あのな、それは・・・」
すっかり俺の怒りの矛先にされてげっそりとやつれ気味の丹羽が慌てて原因を説明しようと
したが、それより先に俺の手が啓太の顎を掴んでいた。
「ほう・・・お前にはそう見えるのか、俺が」
「・・・は、はい・・・何か、あったんですか?」
「何か・・・か。ふうん・・・いい度胸だ」
「やべぇ、逃げろ啓太!」
背後で怒鳴る丹羽を無視して、きょとんとしている啓太の目を覗き込む。
「お前には口で言うより・・・体に教え込んだ方が良さそうだ」
「はっ?」
そのまま右手を強く掴み、何が起こったのか未だよく分かっていない啓太を引き摺って、俺は
彼が今入ってきたばかりの扉を開けた。
「中嶋さ・・・なに、するんですかっ!!仕事は?俺手伝いに・・・」
「丹羽、俺は今日はもう上がる。後はよろしく頼む」
「ヒデっ!おいっ!」
バタン、と勢いよく閉じた扉の向こうで何かぎゃあぎゃあ喚く声が聞こえたが、それはもう聞か
ないことにして。
どうしたんですか、仕事はいいんですか、と横できゃんきゃん吼える犬もついでに無視して、
俺は寮への道を黙って歩いた。


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「もう・・・夜中、か」
燻らせていた煙草をベッドサイドの灰皿に強く押し付け、喉の渇きを潤そうと側にあったペット
ボトルに手を伸ばす。
「はっ・・・はぁっ・・・」
横で苦しそうに肩で息をする裸の背中に指を這わせると、啓太はけほけほ、と軽く咳をした後
水を呑む俺の顔を恨めしそうに見上げた。
「・・・呑むか?」
「要りませんっ!」
差し出したそれには目も暮れず。不貞腐れたように啓太は枕に顔を埋める。
「説明しろ、ちゃんと俺が納得できるようにな」
すると顔だけ横に向け、彼は口をへの字にしたままぽつぽつと話し出した。
「だから、成瀬さんは次の日お弁当を一緒に食べようって言われてただけで・・・それに俊介
にはデリバリーの手伝いをしたから学食で奢って貰ったんですよ・・・篠宮さんは俺が風邪気
味だって言ったらお粥を作ってきてくれたんです。俺、そんな事までしてくれなくても良いです
って丁重にお断りしたんですけど・・・気にするなって言われてつい・・・」
「ふん、それで?海野先生と会計部の二人、それから遠藤。彼らはどう説明するつもりだ」
「海野先生から貰ったのは実験中のドロップタイプの新薬です。和希は・・・あの、中嶋さんが
昼間見たシーンは・・・たまたまで。それから・・・会計部は・・・七条さんにどうしても頼まれて
欲しいという仕事を依頼されて・・・それを手伝った御褒美にって・・・お菓子を・・・」
「成る程」
覗うような目線。納得したように頷いて見せると啓太は漸くほっとしたような溜息を零す。
「だが」
「それは単に餌付けされているとも言うな」
「え?」
「俺よりも食べ物の方が大事だということだろう?」
「そ・・・」


そんな、と。
大きく開かれる青い目。
怯えたような表情がまた俺の嗜虐心を高めるって事に、どうしてコイツはいい加減気がつか
ないのだろうか。
ああ・・・そうだ。
そうだな。こいつは要領が悪いだけじゃなくて、とことん鈍感で馬鹿なのだ。
「まだ、分かっていないようなら・・・もう一度『教育』してやろうか?その体にな」
「い・・・いいですっ!俺・・・あの・・・もう疲れて・・・」
「そうか?だがこうしたらどうだろうな・・・」
「・・・ひゃ・・・ぁあっ!・・・ちょっ・・・な、中嶋さっ・・・」
「黙ってろ」
「んん・・・」





だったらもうその馬鹿が治るまで俺が付き合うしかないじゃないか、なぁ?
大丈夫だ、気に止む事は無い。俺は「優しい男」だからな。
じっくり教えてやるよ・・・いくらでも。
お前は一体誰の物なのか・・・その身を持って、思い知れ。




<コメント>

37000ニアピン、37001を踏まれた、suzuさんのリクエストで中啓。
本人には自覚が無いが皆に餌付けされている啓太とそれが面白くない中嶋。
当然お仕置モード。
でも、どんな目に合っても啓太は彼のことが大好きなんです。という話。
なのですが一点だけ・・・中嶋氏をへたれにするつもりだったのが、ならなかった(泣)
中嶋さんはやっぱり中嶋さんでした・・・



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