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その微笑みこそ、何よりも無敵。
「・・・あっ・・・」
それは、僕よりも頭一つ分近く背の低い彼では手の届かない棚の本を取ってあげた時のこ
と。
小さく呟いた後でそっと僕の腕を取り、彼はその部分をしげしげと眺めた。
「さっきから気になってたけど・・・やっぱり」
「どうかしましたか?」
制服のジャケットの内ポケットをごそごそと漁っている彼が一体何を取り出すのだろうと怪訝
に思って首を捻っていると。
「あった・・・良かった、持ってて」
その言葉に手の平に視線を移せば、乗っていたのは小さなソーイングセット。
「七条さん。あの・・・こっち、こっち座りましょう」
促されるまま先程取った本を右手に持ち、左腕は彼につかまれたままという状態で元いた席
へと引き返す僕たち。
並んで座っていた椅子は方向を変えられ、向かい合う形で腰を下ろす。
そこではじめて彼の云わんとしている事を理解する僕。
「シャツの袖のボタン・・・取れかけてますよ。良かったら俺つけますけど・・・」
「ああ、そういえばさっき何かに引っ掛けたような気がしたんですよ・・・お願いします」
「じゃぁ・・・まずジャケット脱いでもらえますか?その方がやり易いんで」
「はい」
それにしても何と用意のいい・・・
言われた通りに羽織っていたジャケットを椅子の背に掛けて、彼の前に左腕を差し出した。
「これでいいですか?」
すると嬉しそうに彼は頷いて、手慣れたように指で針をつまみ上げ、糸をするりと通し始める。
余りに違和感のないその仕草に質問せずにはいられない。
「そういえば伊藤くんは前に料理とかは駄目だと云ってた気がするのですが・・・こういった裁
縫とかは得意なんですか?」
「え?・・・あ、はい。得意とまでは行きませんけど・・・俺元演劇部でしたから。凝った衣装と
かは流石に無理だけど簡単なものとか、後ちょっとした綻びとかなら直せますよ」
「へぇ・・・それは凄い」
「って七条さん・・・ボタン付け位なら小学生でも出来ますって」
「でも僕は出来ませんから」
にっこりと微笑みかけると彼は不思議そうに首を捻る。
「七条さんぐらい器用な人なら何でも出来そうなのになぁ・・・」
「君が思うほど僕はそんなに万能な人間ではありませんよ」
会話を交わしながらも彼は手際よく針を進めていく。僕は右肘を机の上に、頬杖をつきながら
彼の一挙一動を瞬きもせず眺めていた。
やがて集中し出したのか彼が言葉を発しなくなった。途端に僕と彼だけしかいない図書室に
流れるのは時計の秒針の動く音だけとなる。
だがそれも束の間。
余った糸を小さな鋏でプチンと切った後、満足そうに頷いて彼は顔を上げた。
「出来ました・・・急いでやったんで応急処置って感じですけど」
「ありがとうございます」
ボタンを嵌めながら、僕は内心感激していた。
何かこういうのって・・・
すると彼も同じ事を考えていたのかはにかんで笑う。
「だけど、ちょっと恥ずかしいですね、こういうのって・・・えへへ」
「そうですか?」
恥ずかしいよりも、僕はとても嬉しいんですが。
感謝のキスをしようと身を屈めて彼の頬に顔を近づけたその時だ。とある文字に目が止まっ
た僕は凍りついた。
「七条さん?」
「伊藤くん・・・」
針と糸を仕舞い終えた彼がパチンと閉じたその箱の裏。
「それは?」
『TO KEITA FROM K』
「ああ・・・これですか?」
頭を掻いて照れくさそうに笑う彼。
「前に手芸部のモデルをやった時に、お礼として和希が。俺は恥ずかしいからいらないって
言ったんですけどどうしても受け取ってくれってきかなくて・・・たく、アイツらしいですよね」
「・・・・・・」
「あの・・・七条さん?」
「いえ、何でも」
疑う事を知らない無垢な彼の笑みが浮かぶ唇に、とりなすような急いたキスを一つ。
同時に。
僕の頭の中では今夜実行する予定の、彼への綿密な作戦が着々と組まれようとしていた。
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