"Amoureux "



「う・・・ん」

暗闇の中でそっと腕を伸ばす。側にあるのは大好きなあの人の・・・あの人の・・・

あれ?

がばっ、と勢いよく体を起こした途端下半身に走る痛みに「うっ」と軽く呻くと。
啓太は先程までの出来事を思い出して顔を赤らめると同時に不安げに回りを見渡した。
隣に在るべき存在がいない。
だが体の形に窪んだシーツを見るとまだそう時間は経っていないようだった。
手を触れてみるとまだほんの少し温かくて。
その場所へと移動すると啓太は仄かな温もりに、ゆっくりと顔を寄せた。
すると。

ごろごろごろ。

突然の不快な音に啓太は飛び上がり、顔を曇らせて窓を睨む。
耳に入ってきたその音は啓太が最も大嫌いな、アレ。
学校から帰ってきて寮に着くのと同時に大粒の雨が降ってきて。夕食に出たポテトサラダをか
き込みながら見た天気予報のお姉さんは「夕方頃から台風が接近し、夜半から明け方にかけ
て注意が必要となるでしょう。」とにこやかに宣言していた。
お腹がいっぱいになった後、上機嫌でお風呂に入り。
その帰りに廊下で会った七条に「課題などで分からない所はありますか?良かったら僕が教
えてあげますが」との嬉しい申し出に「はいっ!お願いします」と2つ返事で頷いたのが21時。
その頃は雨と風だけだった。
だが課題を終えてごろごろと七条の部屋でくつろいでいる啓太をじゃあさようなら、と返す程
彼は甘くは無い訳で。「取り組み」が終わった今は予報の通り凄まじい状態になっているよう
だ。ごおぉ、ごおぉ、と風が窓ガラスを叩けばバチッ、バチッととても水とは思えない音がそれ
に合わさる。
そして。

ごろごろごろごろ。

「嫌だな・・・いたた」
お腹が痛くなってきて、啓太は体をくの字に折り曲げた。
その後布団に隠れようかどうしようか迷いながら七条の姿を探す。
「七条さん・・・どこ?」

その時だった。

ピッシャーンッ!!!
というよりドガーンッといった方がより適切かも知れない、大きな音が啓太の耳を直撃し。
「うわぁああっ!!!」
驚きのあまり布団をつかんだままベッドから転がり落ちてしまい、フローリングの床に強かに
腰を打ち付けて悲鳴を上げる、下着一枚の啓太は怖さと心細さで本格的に泣き出した。
「しっ・・・しちじょっ・・・さんっ・・・うっ・・・」
『タイミングというのは本当に重要だな、と思いました。』
これは、後々七条が事の顛末を西園寺に話して聞かせた時に最後に言った言葉だ。
(・・・と云うだけの事はある、彼の登場シーンは姫を救いに来た王子様さながらであった。)
ガチャ。
「何か悲鳴が聞こえたような・・・」
髪の先からわずかに水滴を滴らせ、白いバスローブをふんわりと纏った七条はバスルームの
扉を開けて首だけ出して暗闇の中をぐるりと見渡すと。
「うっ・・・うえっ・・・」
部屋の床の上で布団にしがみついて泣いている啓太の姿を見つけた瞬間、慌てて彼の元へ
と駆け寄る。
「どうしました、啓太くん」
「・・・ひっ・・・うっ・・・」
泣きじゃくる彼をそっと胸に抱き、しばらく背中を撫でさすってあげると嗚咽を上げていた啓太
の鼓動はだんだん落ち着いた物になってきて。
やがてもう大丈夫ですから、と彼が体を離すと七条は安堵のため息を漏らした。
「・・・すみません。本当は一緒にシャワーを浴びようと思ったのですが君があまりに気持ちよ
さそうに寝ていたものですから起こすのに気が引けてしまって・・・」
先に七条が自分の非を認め謝ると啓太はいいえ、と小さく首を振った。
「それも・・・確かにあったんですけど・・・」
「では・・・他に何が・・・」
「笑うかも知れないんで言うの恥ずかしいんですけど・・・俺、雷駄目なんです」
「かみなり・・・ですか?」
紫の瞳をぱちぱちと瞬かせると、風邪を引くといけないとパジャマを着せつつ、七条が首を傾
げた。
「昔・・・おばあちゃんに『悪い子は雷様が来ておへそを取って行くんだ。だから雷が鳴ったら
お腹を隠しなさい。』って言われて。その時の口調がもの凄く怖くって。俺それ以来雷が大の
苦手なんですよ」
「なるほど・・・」
「信じてる訳じゃないんですけど、何かもうトラウマっていうか・・・それに七条さんが横にいな
かったってのもあってすっごい不安になっちゃったみたいです。でも今は平気・・・だって」
七条さんがいるから、と言って啓太が目を擦りながら笑った。
「そうだったんですか・・・」
今はベッドの上に向かい合っている二人。
すっかりパジャマに着替えた啓太はまだ濡れている七条の髪に触れる。
「七条さん・・・まだ髪濡れてますよ」
「ああ、君が床に倒れて居たのを見たらびっくりしてしまって・・・」
七条はその手を掴むとバスローブのはだけたうっすらと筋肉が押し上げている胸に当てる。
「・・・まだ、どきどきしています」
啓太が潤んだ瞳で見上げると、彼は端正な顔を近づけてきてぺろりと鼻先を嘗め上げた。
「ひゃうっ」
ごろごろごろ。
まだ外は嵐。雨も、風も、そして雷も止む気配を見せない。
「でも僕がいますからもう平気ですよ」
とさっ。
視界がぐるりと回る。あれ、と思った次の瞬間には啓太は天井を見上げる体勢となっていた。
「しちじょうさ・・・」
肘をついて自分を見下ろす七条は横にいる。
「雷なんて気にならないように、僕が朝までずっと・・・」
ずっと?朝まで?
「し、し、し、七条さんっ!俺もう疲れて・・・」
よからぬ事を頭に浮かべ、啓太はぶんぶんとノーのサインを懸命に送る。
「ええ、だから。子守歌代わりに、愛の言葉を囁いていてあげます」
「は?」
ふふっ。
怪訝そうな啓太を余所に、嬉しそうな七条は縋るように伸ばされたその手をぎゅっと握りしめ
た。
そうして。
「大好きです、啓太くん」
「・・・はい、俺もです。七条さん」
「愛してますよ」
「・・・俺だって・・・」
「本当に、本当に、君の事が大好きです」
「・・・は・・・い・・・」
愛を囁く台詞というものは何度もいうと妙に安っぽく聞こえてくるものだ。それが七条の場合
全くそうならないのが不思議でならない。実際啓太は何度も言われている内に魔法に掛かっ
たかのように体が重くなってきて、うつらうつらし始めた。
「啓太くん・・・僕は、君が大好きです。君以外考えられないぐらい君のことが好きです」
百回目の「大好きです」を七条が呟いた時、啓太は快眠モードに突入していた。
小さな寝息を立てる彼の唇にそっと口づけながら七条はふとある事を思い出す。
「・・・結局、シャワー浴びてませんね」
だけどこんなに可愛らしく天使の様な笑みを浮かべている彼の目を覚まさせるなんて、どんな
人間にも不可能な事は間違いが無く。
「・・・明日起きたら一緒に浴びましょうね・・・」
起こさないようにそっとベッドから起き上がると七条はバスローブを脱ぎ捨てパジャマに着替え
た。その色は啓太が着ているのとサイズ違いの同じ、コバルトブルー。
「・・・おやすみなさい、僕の愛しい人」
王子様はそっとお姫様を胸に抱くと、程無くして微かな寝息を立て始めた。




やがてしらじらと夜が明けて。
彼らが目を覚ます頃にはすっかり空も晴れ渡り。
同じ青い空をベッドの中から見上げながら、二人はおはようのキスを交した。




<コメント>

23000を踏まれた、加奈さんのリクエストで七啓で「台風の夜」
がテーマのお話。結構甘めの味付けになっております。
リクエスト、誠にありがとうございましたv


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