Smart Crooks



気がついた事が、ある。

「それでさ・・・その時俊介が・・・」
放課後の理事長室で、身振り手振りで嬉しそうに今日あった出来事を話す啓太。俺はそれを
頬杖をついて微笑ましく眺めていた。
すると。
「・・・あ・・・えっと・・・」
目が合うなり下を向く。彼が時折こんな態度を取るのに気が付いたのは最近の事だがもしか
したらかなり前からこんな感じだったかも知れない。
「何?どうしたの、啓太」
心配になって俯いた顔を下から見上げる形で覗き込むと、啓太は「わっ、わっ」と言って顔を
隠すように両手をぶんぶん、と振った。
「何でもっ・・・何でもないよ」
だが誰がどう見ても『何でもない』感じではないことは確か。
しかしだ。
あんまりしつこくするのも返って啓太の機嫌を損ねる事になるだろうな。多分意固地になって
しまうに違いない。
瞬間的に脳内で自問自答した結果、俺は『何でもない』の言葉をそのまま受け取る事にする。
「そっか・・・でも。何かあったら言えよな。俺達は恋人同士なんだからさ」
言い終わった後に小さく溜息を零すのを忘れずに、俺は啓太の髪をくしゃりと混ぜた。
昔から、啓太は溜息を聞くと人一倍心配する。まだ「和兄」と呼ばれていた頃からそうだった。


・・・おにいちゃん、どっかぐあいわるいの?


ぼくが「とんでけ」ってしてあげよっか?そしたら、なおるよ。ぼくもね、いたいときそれやっても
らったらなおったんだよ。


・・・いたいのいたいのとんでけーっ!


ね?なおったでしょ?


まだ幼い子供だった彼は色んな物を抱えて塞ぎ込んでいた俺にとって酷な位に純粋その物
で眩しかった。
人が悲しんでいたりするのを放って置けない優しくて素直な性格は、俺の凍った心を春の雪
解けの様にゆっくりと溶かしてくれた。
何を賭しても守ってあげたい。
でも・・・時々意地悪もしてみたくなるのも本音で。
そう今みたいにね。
「俺、啓太にはいつも笑ってて欲しいからさ」
だめ押し。
こうまで言えば多分、食らい付かずに居られない。伊藤啓太という人間はそういう男なのだ。
「和希・・・俺、俺ねっ」
案の定啓太は、俯いていた顔を上げると俺の腕にしがみついてきた。
「何?・・・俺の顔をちゃんと見てくれない理由・・・話してくれるの?」
やんわりとそれを解いて額を合わせると、啓太は耳まで真っ赤にして忽ち泣きそうな顔になる。
「・・・笑わないって約束・・・してくれる?」
「ああ。俺は今まで啓太を馬鹿にしたりした事なんてなかっただろう?」
「・・・うん・・・」
彼が話しやすいように、俺は後ろから抱きかかえる形でさっきまで向かい合って座っていたソ
ファに腰を下ろす。
そのままうなじに軽く唇を付けると啓太の口から甘やかな、小さな喘ぎが漏れた。
「やっ・・・和希っ・・・」
「なーに?」
「・・・話すから。ちゃんと、聞いて」
「うん」
啓太がくるりと向きを変えた。膝の上にまたがる格好になって恥ずかしいのか、体を浮かせて
逃げようとした所を俺は両手でしっかりと捕まえる。
「やっ・・・ちょっと・・・」
「逃げないで、啓太」
「だっ・・・てっ・・・」
「ちゃんと、聞くから。お願いだからこのままでいて」
「うっ・・・」
『お願い』されると断れない事も勿論ちゃんと知っていて俺は彼を少しずつ追いつめてゆく。
知能犯。うん。そう言われても否定は出来ないな。
「・・・分かったよ・・・」
渋々と言った様子だが、心底から嫌がっているんじゃない事は上気した顔を見れば一目瞭然
だ。
「で・・・何?」
「俺さ・・・和希とこうやってこい・・びと同士になった訳だけど・・・今でも時々片思いしてた頃み
たいに、ドキドキしてちゃんと顔が見られなくなる事があって・・・」
えーと。それって・・・
「啓太?」
「なんか・・・底なし沼みたいに、どんどんどんどん和希の事好きになってく・・・変だよね、俺」
もじもじと俺の前で顔を隠そうとする啓太。そんな可愛い事を言われて冷静でいられる奴が
何処にいる?
「啓太・・・嬉しいな」
俺はその両手を顔から離させると、今にも涙があふれそうな目に優しくキスをした。
「・・・!」
「俺だって、啓太の事大好きで大好きでたまらないよ。こうしてる間だってドキドキしてるの、
分かる?」
ほら、と言って自分の胸に頭を寄せると啓太は俺の鼓動にじっと耳をすませた。
「ほんとだ・・・・ドキドキしてる」
「な?だけど恥ずかしがらないでちゃんと俺を見てよ。俺は啓太に見つめられると何だか自信
が沸いてくるんだから」
「自信?」
見上げるその青い瞳に俺はつい吸い込まれそうになる。そしてその視線がどんなに周りの男
達をその気にさせているのか本人は全く無自覚なところがまたタチが悪い。
「何だか自分が格好良くなった様な気がするからさ」

すると彼はなんと言ったと思う?

「ずるいよ・・・これ以上和希が格好良くなっちゃったら俺・・・もう心臓が止まっちゃう」

俺がこの理事長室から一生彼を出したくないと思ってしまうのも頷けるだろ?

「もしそうなったら俺が人工呼吸してやるって・・・それとも今する?」

「・・・和希ってば・・・もう・・・」

ばか、と言った啓太の言葉を包み込む様に。俺は甘い吐息を漏らしている可憐な唇をそっと
塞いだ。

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