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その言葉を自分の中に取り込むまでに、どれほど勇気がいったことだろう。 出来ることなら『彼』の口から他の男の名前なんて聞きたくなかった。それが、特別な存在で あるというなら、尚更。 しかし残酷にも、あくまでも無邪気に、彼から次々と紡ぎ出される棘の数々は少しずつ、そして 着実に俺の心に傷を深めてゆく。 一頻り話した後窺うように覗き込む『彼』に向けたその顔は多分今までで一番、余裕の無い笑 みだったと思う。 あからさまな上辺だけの表情を、不安そうだった『彼』は祝福を受けたと捉え、無防備に屈託 の無い笑顔を見せる。 相反するかの様に、俺の胸の奥にはどろどろ、とした醜い感情が渦巻く。だけど。 決して口に出しては、いけない。 ともう一人の自分が囁く。 そうだ。 例えその微笑がもう、自分だけに向けられることが無いのだとしても。 懐かしいあの呼び名が、二度と彼の口から上ることなんて無いのだとしても。 そう、もうただの『友達』・・・だとしても。 ほんの片時でも、君の傍にいられるのなら、それで良いんだ。 多くを望んでは、いけない。 これ以上の幸せを、求めては、いけない。 彼の微笑みを曇らせる存在など、この世には、在ってはならないのだから。 「幸せに・・・なりなさい」 半端な笑みを浮かべたまま固まった顔の筋肉をそのままにゆっくりと彼の頭を撫でてやると、 キラキラと輝いていた宝石のような瞳は一層光を増し、彼は「うんっ」と力強く頷いた。 ・・・愛してる。 ・・・この思いは絶対に届くことは、無いけれど。 ・・・愛してる。 だから。 願わくば、どうか、どうか。 彼のこれから進む道が、穏やかで、幸せなものでありますように。 ・・・一瞬の隙をついて。 一筋の雫が俺の頬を伝ったが、それは『彼』の目に止まる事無く、すぐに消えていった。 |