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啓太は肩を落とし寮のロビーで一人、自販機で買ったいちごミルクをちまちまと飲んでいた。
「はぁ・・・」
このところ出てくるのは専らため息ばかり。
原因は約一週間後に控えた、大好きな人の誕生日。
『もう喜ぶような年じゃないから、気にしないで』
プレゼントの話を和希に切り出すと、いともあっさりと断られてしまった。
だけどおいそれと引き下がる俺では無い。
いつだって俺のことを気遣ってくれる優しい和希だからこそ、やっぱりちゃんとお祝いしたい。
そう思ってここのところ毎日のように放課後は学生会の仕事も会計部の仕事のお手伝いも
お断りしてひたすら町でプレゼントを探しているのだけれど、いざ選ぶとなるとものすごく悩ん
でしまう。
だって彼は恐れ多くも理事長。
多忙を極める職務だからこそそれに見合う収入ももらっている訳で。当然身につけているも
のだって決していやみじゃない程度の、品質の良いものを持っている。
俺のお小遣いなんて大したこと無いから買える物なんてたかが知れていて(もちろん高い物
を買えばいいんじゃないってこと位分かってるんだけど)何をあげたらいいのか本当に分から
ないんだ。
あぁ、もう時間が無いって言うのに・・・。
飲み終わった紙パックに八つ当たりするかのように俺はそれをゴミ箱に向かって投げつけたが。
パックは見当違いもいいところに大きく外れて廊下に転がり、それを拾った人がゆっくりと顔を
上げてゴミ箱に捨てた。
「伊藤、ポイ捨ては禁止だ。不精しないでちゃんとくずかごに捨てろ」
「篠宮さん」
俺はうなだれたまま「ごめんなさい」と謝った。すると、突然目尻から一粒涙がこぼれ、慌てて
手の平でごしごしと擦る。
「・・・どうしたんだ伊藤。何かあったのか?」
赤くなるから、とそっと俺の手を押さえながら優しく尋ねてくれたのが心に沁みて、次の瞬間
俺は篠宮さんにしがみついて泣いていた。
優しくされればされるほどつけあがり、甘えてしまって最後には自分から抱きついてしまった。
なのに嫌がる素振り一つ見せず、篠宮さんは俺の背中をずっと撫でてくれていた。
やっと安心して俺がぽつぽつと話しだすと、彼の眉根がひくっと動いた。
「そうか、遠藤の・・・それで未だに悩んでる訳だな。最近お前の様子がおかしいとみんな噂し
ていたから気にはなっていたんだが・・・」
「はい。俺本当にどうしたらいいのかわからなくなっちゃって・・・」
「プレゼント・・・そうだな。伊藤は手先は器用な方か?手作りの物っていうのはどうだろうか」
篠宮さんが俺の乱れた髪を撫で付けながら提案した。
「手作り・・・そう・・・ですね。俺も考えてはいたんですけど、料理も裁縫とかも本当に下手くそ
なんでちょっと無理かなって」
「心配するな、俺も手伝ってやるから。もう時間が無いんだろう?だったら差し伸ばされた手に
は遠慮なくつかまれ」
「・・・はいっ、ありがとうございます!篠宮さん!」
俺は篠宮さんの優しい言葉にきゅんと胸が痛くなって、そして、再びぽろりと涙を零した。
「ああ、ほらもう泣くな。目が真っ赤だぞ」
目尻から溢れる雫を、篠宮さんの指の腹がそっとすくい取りそのまま彼は小さく俺の瞼にキス
をした。
「!!!!!」
「ほら、これで涙も止まっただろう?」
口をぱくぱくさせている俺を尻目に篠宮さんはにっこりと笑った。
プレゼントは何とか間に合わせることができた。
篠宮さんは手先が器用だ。俺は何とか彼のアドバイスどおりにそれを作り上げたのだが、仕
上げは結局篠宮さんにやってもらった。
カードを書いて封筒に入れる。あとは当日を待つだけだ。
ここまでは良かった。
珍しくノリノリになってしまった篠宮さんがもう一つ和希へのプレゼントと作ろうと言い出したの
は誕生日の3日前。
「何を作るんですか?俺でも作れますか・・・?」
「いやこれは俺個人からのプレゼントだから俺が作る。お前は何もしなくていい。当日ちょっと
手伝ってくれればいいから」
含み笑いをする篠宮さんを不思議に思いながら、俺は自分のプレゼントを抱えて部屋へと戻っ
った。
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「おーい、啓太ーっ」
廊下を制服バージョンの和希が啓太の名を呼びながら歩いていた。
「おっかしいなぁ、何処いっちゃったんだろう。今日は誕生日だからあいつと二人で1日一緒に
いようって思っていたのに・・・折角仕事も片づけたのにな・・・」
「遠藤、そこにいたか」
振り向くとそこには、いつも眉間に皺を寄せていて不機嫌そうな彼とはとても思えない、やけ
に爽やかな笑顔を満面に湛えた篠宮が立っていた。
「何ですか、篠宮さん。俺今から啓太を探しに行くんで忙しいんですけど」
「そのお前の探している伊藤がお待ちかねだ。こっちに来てくれ」
ぐいっと和希の腕を引っ張り、篠宮は鼻歌でも歌いそうなご機嫌さで手芸部室の前まで彼を
連れて来ると勢いよくドアを開けた。
「・・・・・・・・・?」
逆光でよく見えないが何か・・・人間ではない大きな何かが・・・奥に座っているのが見える。
和希は更によく見ようと足を踏み入れると床に落ちていた紙がかさっと音を立て。
それに弾かれたように『何か』がぐるんと振り向いた。
「けっ、啓太っ?お前、なんでそんな格好・・・っ」
「和希ぃ・・・」
くすん、と鼻を鳴らす啓太は「大きなテディベア」になっていた。
ぶっちゃけて言えば着ぐるみである。顔だけが露出したような状態で、啓太はその目にうっす
らと涙を滲ませる。
体の色は青く、首に結ばれたリボンは赤。理事長代理のくまちゃんと全く同じ格好であった。
そして彼の両手にはうす黄色の熊のぬいぐるみが握られていた。
こちらの小さな熊の首のリボンはピンク。よくみると左足のところに小さく「To kazuki」の文字
が刺繍されているのが見えた。
「着ぐるみの方は俺が作ったんだ。伊藤に良く似合うと思ってな。どうだいい演出だろ」
「篠宮さんっ、俺っ、俺こんなの恥ずかしいです・・・和希・・・見ないで・・・恥ずかしいから」
和希が鼻血をふいてその場に崩れる。慌てもせず冷静に篠宮はポケットからティッシュを取
り出すと彼に渡した。
それを鼻の穴にぐりぐりと突っ込みながら、和希は篠宮にびっと親指を立てる。
「篠宮さん、グッジョブです!俺こんな嬉しい誕生日生まれて初めてですよっ」
「えぇっ、ひどいっ。俺の、俺のプレゼントは?和希嬉しくないの?」
大きなくまちゃん啓太がぬいぐるみを持ったまま和希に詰め寄る。
「もちろん嬉しいに決まってるだろ?啓太からのものなら雑草一本だって嬉しいさ」
(だけど俺の好みをここまで理解しているとは・・・もしかして篠宮さんも案外俺と同じ・・・?)
自分よりも大きな体に抱きつく(この場合抱きしめるより抱きつくの表現の方が正しい)和希は
ふと不安を感じて篠宮の顔を盗み見た。
うっとりとした顔で啓太を眺める彼の息が上がっている。
(やばい)
「啓太、さあ行くぞ」
「へっ?だって俺こんな格好じゃ廊下歩けないっ」
「いいから行くぞっ!ここにいちゃ危険なんだ。篠宮さん、ありがとうございました。それじゃ俺
達これで」
「やっ、やだぁっ」
「うるさいっ!ごちゃごちゃいうなっ」
突然不機嫌になった和希に引きずられ、大きな大きなくまちゃんは泣きながら手芸部室を去って
いった。
後に残された篠宮は、スケジュール帳を開きながらぶつぶつと呟く。
「テディベアはOK、と。次の誕生日は・・・海野先生か。先生は猫が大好きだから猫耳メイドな
んてのも結構いけるかもな。よし」
この男、世話焼きな上にちょっぴり、いや、大分したたかなようである。
一方色んな先生生徒に木っ恥ずかしい姿を見られた啓太は理事長室で漸く着ぐるみを脱ぐ事
ができ、Tシャツに短パンという姿でばかばか、と彼の胸をドンドン叩いていた。
「あんな姿っ、本当は誰にも見せたくなかったんだっ。でも篠宮さんが『和希が喜ぶから』って
言うから・・・」
(篠宮さん・・・貴方って人は・・・実は一番危険人物なのかも知れない)
どうやら手放しで喜んでいられそうにない和希はよしよし、と啓太を抱きしめた。
「ごめんな、啓太。もういいから。大きなくまちゃんのお前もすっごく可愛かったけど、俺にはこ
の小さなくまちゃんだけで十分だよ」
啓太が一生懸命作ったテディベアを、和希がそっと胸に抱いた。
「あのっ、あのね和希。それ・・・お前のくまちゃんと一緒に対になるようにって考えて作ったん
だ。青いくまちゃんが和希で、黄色いのが俺。理事長室に並べて置いてくれたらいいなって
・・・。そうすれば何かいつも一緒にいる気になるだろ?」
「そうか・・・ありがとう、啓太。お前がそんな風に俺のこと考えていてくれたなんて嬉しいよ」
「ばか・・・当たり前・・・だろ・・・」
ん、と言って和希は啓太の唇についばむようなキスをした。初めは短く、そして徐々に長く。
「やっ・・・和・・・」
「言って、啓太。まだお前からお祝いの言葉聞いてない」
「ぅんっ、んんっ!わかった、わかったから口・・・」
息も絶え絶えに啓太が懇願すると、やっと和希は唇を名残惜しそうに離した。
「・・・はぁ・・・はぁ・・・、誕生日・・・おめでとうかずき・・・」
「あぁ、ありがとう。啓太、お前が側にいてくれるなら俺は何もいらないよ。本当に・・・何も・・・」
再び和希が啓太の息を塞ぐように唇で覆った。
「このまま・・・いいか・・・?」
「・・・うん、いいよ・・・」
まだ、夕刻。
日付が変わるまでは十分な時間がある。
時計をちらっと見ながら和希は愛しい啓太の肌に、無数の赤い刻印をつけていった。
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