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前人気が凄かった為に期待も多かった映画は事の他つまらなくて、欠伸を抑えるのが精一杯
だった。
「あーあ・・・」
きゅるきゅると鳴る腹にそういえば夕飯がまだだったと食事代わりに買ったポップコーンは塩
気が足りず妙に間の抜けたような味で、失敗したなあと啓太は顔を顰める。
カップルや、友達同士で来ていた人々が嬉しそうに感想を言い合いながら劇場を後にするの
をロビーでそれを頬張り見送る彼の顔は底なし沼のようにどこまでも暗い。
一人で映画を観に行く事には抵抗を全く感じない。元々友達と釣るんで遊んでいる方が好き
な性質だが時間がある時などは一日かけて三本位観ることだってある。
だがそれはあくまでも「自発的に一人になりたい時」であって、誰かと一緒に行くはずだった
のが流れてしまったという結果こそ同じであれ過程が大きく違っている今の状況では、楽しめ
るはずも無い。
こんな事なら、俊介の誘いに素直に応じていればよかったのかな、と啓太はしょんぼりと頭を
項垂れる。
王様主催で誕生日会をやってくれると聞いた時は嬉しかったしちょっと後ろ髪を引かれた。
だけど当日は和希が祝ってくれるというから丁寧に断りを入れたのだ。
忙しい彼のことだから大丈夫だろうかという心配は頭の片隅にあった。
だから当日「ごめん」と両手を合わせて謝られてもそれ程ショックは感じなかったし「ああやっ
ぱり」という気持ちの方が強かった。
「いいよ、俺のことは気にしないで」
「ほんとに、ごめん啓太!今度この埋め合わせは絶対するからっ!」
優しい彼はきっとそういうだろうということも分かっていた。
「いいって。俺のことより・・・仕事頑張れよ」
「啓太・・・」
何かいいたげな、だけども何を言って良いのかが見つからないといったそんな表情の和希を
啓太はおどけて見送った。
同時に、後ろで秘書の石塚が申し訳なさそうに頭を下げるのを強張った笑みでやり過ごしな
がら。
「ふー・・・」
折角お金を出して買ったのだから最後まで食べようとは思ったけれど。
「もう、いいや」
お腹を擦り擦り、手の中の箱を覗いてみるけれど一行に減る気配すら見せないそれに。
うんざりといった表情を浮かべつつ、啓太は諦めたように肩で大きく息をつくと、まるで何かを
吹っ切ろうとするように少し離れたくずかごにそれを放り込んだのだった。
その後入ったゲーセンで。
パズルゲームやらシューティングゲームやらやってみたけれどどれとして面白味を感じるもの
など見当たらず。
「次はなんにしようかな・・・」
既にやりたいゲームなど無かったがとにかく暇を潰したくて啓太はぶらぶらとフロアを彷徨い
続ける。
やがて女子高生らしき二人がきゃあきゃあ言っているのを見て啓太は足を止めた。
「やだー、これもうちょっとで取れそうなのにー」
「ねぇ、もう無理だよ。だってもうお金ないでしょ」
「そうだけどー。だって可愛くない?あれ」
そこはUFOキャッチャーだった。景品はくまのぬいぐるみのようだ。
白と青、二つの色のそれは胸に小さなピンクのリボンが結ばれている。
(くまのぬいぐるみ、か・・・)
和希の顔をふっと思い出してちょっと切ない気分になるが。啓太はぶんぶんと頭を振ると二人
に話し掛けた。
「よかったら俺、取ってあげましょうか?」
「きゃっ」
突然背後から声を掛けられて二人はびっくりしたように飛び上がり恐々後ろを振り返る。
「あ・・・の?」
一人のショートカットの女の子が訝しげに啓太を見つめた。
「欲しいんでしょ?それ」
「でも、お金ないし、もう・・・いいんです」
「いいよ俺が出す。それならいいよね?」
「でもそれじゃ・・・」
「いいんだって。俺ただやりたいだけだから」
新手のナンパかと思ったがどうやらそうでもないらしい。一瞬は警戒していた二人だったが
啓太の屈託の無い笑みに素直にそれなら・・・と頷いた。
見れば一つはもう一回アームに引っ掛ければ取れる状態、色違いの方も上手くいけば一回で
取れそうな場所にある。
(いけるかもしれない)
啓太はポケットから小銭を取り出すと投入口に入れ、ボタンを押した。
「取れるかな」
「大丈夫じゃない?上手そうだよ」
啓太の後ろでは二人が心配そうに見守っている。
アームは見事にぬいぐるみの脇腹にすぽっと入り、そのままぐっと持ち上げる。
全体が持ち上がりはしなかったものの、ころころと転がって一匹目、白いくまのぬいぐるみは
見事に景品口に落ちて、黄色い声が上がった。
「きゃーっ!取れたっ!」
二回目。
慎重に角度や位置を確認しながら啓太が二つ目のボタンを押す。
「・・・・・・」
息を呑む三人。
するすると降りたそれは見事に胴体を持ち上げた。
「やったーっ!」
手を取り合って喜ぶ女の子にはい、と二つのぬいぐるみを手渡し帰ろうと啓太が背中を向ける
と「あの・・・」と遠慮がちに呼び止められた。
「何?」
「一つ、貰ってください。だってこれは貴方のお金で貴方が取ったものだし」
「いいんだよ、気にしないで」
「ううん。私たちは一つで充分ですから」
圧し戻そうとしたが彼女達は頑として受け取ろうとしないので、仕方なく啓太はそれを貰う事
にした。
「じゃ、ありがとうございましたー」
元気に挨拶し、スカートを翻して去っていく彼女達の後姿を見送って。啓太は手の中の青いぬ
いぐるみを見つめ、溜息をついた。
・・・さて、これから何処へ行こうか。
散々遊んで(といっても一人でだけど)啓太が漸く部屋に戻ってきたのは消灯をとうに過ぎた
十一時半。
部屋に入るや否や直ぐに寮長の篠宮が来て当然の如くお叱りを受けた。
「珍しいな、お前が規則を破るなんて」
「すみません」
項垂れる啓太を見て篠宮は篠宮なりに心配したらしく、何かあるのなら相談にのるぞと言って
くれた。
だが啓太はふるふると首を横に振る。
「大丈夫です」
彼だけでなく自分にも言い聞かせるように答える。
いつもの事。こんなの慣れっこだ。
「お休みなさい、篠宮さん」
「伊藤・・・」
「お休みなさい」
扉を閉めた後、廊下では何か気配をうかがうような物音がしていたがやがてそれも遠ざかり。
ほっとしてずるずるとその場に崩れこむ。手からも力が抜け、持っていた景品のぬいぐるみは
床に転げ落ちて。壁の時計を見上げようと顔を上げると視界がぼやけた。
「あ・・・れ?」
後数分。
後数分で日付が変わる。
(別に期待することもないじゃないか)
ただ、この世に生を受けた日だというだけなのだ。
なのに何故こんなに涙が溢れてくるのだろう。
啓太の口からは思わずぽろりと彼の名前が漏れた。
「和希・・・」
一番大好きな人に。
一番側に居て欲しい人から。
一言でいいのだ。おめでとうと言われたかった。
だがそれは今もう叶わない。
「寝よ・・・」
感傷的になってるな、と反省しつつ目をごしごしと擦って。
その前に風呂かと啓太が立ち上がりかけたその時だった。
コンコン。
急いたような、押し殺したようなノックの音に、はっとした。
篠宮さん?
おそるおそるドアを開けると凄い勢いで何かが転がり込んできて。ただびっくりな啓太は何が
自分の身に起こっているのか判断できない位困惑していた。というのも。
「はぁ・・・っ・・・はぁっ・・・」
「え・・・?」
その原因ともなったのは、本来ここにいるはずの無い人物の存在。
「かず・・・き?」
ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返しながら彼はにまっと笑う。
「ま・・・まにあった・・・」
時刻は午後十一時五十八分。
「何で・・・?」
だって、駄目だって。
今度って・・・言ってたのに。
「おめでとうって・・・言いたかったから」
「え・・・?」
「啓太が生まれた日だから、おめでとうって言いたかったんだよ。電話でも済んだのかも知れ
ないけど直に言いたかったから運転手に急いでもらった」
「かず・・・」
「あまりにすっ飛ばしたから途中で事故りそうになってさ。いやーちょっとヤバかった」
「ばかっ!」
汗だくの和希の胸に啓太がなだれ込む。
「啓太?」
「何だよ、お前!俺のことは気にしないでいいって言ったじゃんかっ!そんな息切らせて、事故
まで起こしそうになって・・・馬鹿だよ、ホントに」
「・・・ごめん」
でも。
「・・・嬉しいよ」
「・・・啓太・・・」
消え入りそうな声で呟いて啓太はぎゅっと和希の背に抱きついた。彼はそんな啓太を優しく
抱きとめてやりながら床に転がっている青い物体に目を留める。
「それ・・・どうしたの?」
「あ・・・これか」
体を離した啓太がそれを掌に乗せ、得意そうにでもちょっと照れくさそうに彼に見せる。
「ゲーセンで。欲しがってる女の子がいたから取ってあげた。これは青だけど、もう一つ白もあ
ってさ。それは彼女達にあげたんだ」
「あ、じゃあ明日その白いバージョンの方、取りに行こうよっ!」
「でも和希・・・」
仕事はと不安気に見上げる啓太に和希はにんまりと笑った。
「明日はオ・フ。久々に『遠藤和希』に戻るから放課後は今日出来なかった分色々付き合い
ますよ、お姫様」
「お姫様って・・・」
ふふっと啓太が笑う。
「なんだか和希、王子様みたい」
「そうだよ」
和希はそっと啓太の頬にキスを落とす。
「だって俺は啓太だけの王子様なんだからね」
「ばか・・・」
それなら、早く迎えに来いよ。
・・・ごめん。
時計の長針が動いてそれが午前零時丁度を差した頃。
啓太に抱かれていた青いくまのぬいぐるみは彼らに挟まれちょっと、いやかなり。苦しそうに
顔をゆがめていたのだった。
『おたんじょうび、おめでとう。』
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